Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

あのひとことが僕を『20年戦い続けられる営業マン』へ変えた。

「ひとつの出会いが、ギブアップ寸前だった僕を『戦える営業マン』へ変えてくれました。」の姉妹編です(http://delete-all.hatenablog.com/entry/2019/06/23/190000

「部長は同業他社の悪口を一切言いませんね」「他社を褒めまくりじゃないすか」と同僚や部下から驚かれる。そういうときは「他社の悪口は時間がもったいないから」つって誤魔化している。かぎられた時間を他社の悪口に割くくらいなら他の話をしたほうが良くね?という考え方である。僕はポジティブなバイブスに身を委ねて仕事をしたいのだ。

今の職場にやってきて丸2年になるけれども、多かれ少なかれ他社の悪口をいう営業マンはいる。個々の細かいやり方に干渉するつもりはない。ただでさえ営業という面白くない仕事(僕はそう思っている)で、悪口や非難といったネガティブなことを言い続けていたら、ますます仕事が面白くなくなってきて嫌にしまうのではないかと心配になる。

同業他社やその商品を貶めることが営業のやり方として有効なのは認める。実際、「あそこの商品は衛生管理がなってませんよ」「低価格なのは低品質だからです」と言って、「それなら御社の商品を」「アザース!」という流れで話がまとまるお客は一定数いるからだ。二十数年前、駆け出しの営業マンだった僕も数年はそういう他者を貶める営業をしていた。だが、あるとき、とある見込み客から「キミは同業他社の悪口しか言わないね」と指摘された。ガツ~ンときた。そのころ人を貶めるやり方に行き詰まりを感じていた。商談をしていても、契約をとっても、その場かぎりで次の仕事につながっていかなかったのだ。そして何より、そういう仕事のやり方がつまらなくて仕方なかったのだ。今、振り返ってみると、当たり前だなと思う。誰かを貶めている人間を知人に紹介しようとは普通考えない。目の前の商品を買うだけにしよ、というスポットな仕事がなんと多かったことだろう。

営業の仕事のやり方に行き詰まりを感じていた僕は、当時よく通っていたスナックでよく一緒になっていた初老の営業マンに相談した。ダメもと。彼は長年保険の営業をやっていたのでそれなりに引き出しはあるだろう、少しでも参考になればいいやという軽い気持ちからであった。顧客の増やし方や見込み客の管理の方法といった方法論とともに、彼から教わったのは、「同業他社の悪口は言うな」ということであった。それだけなら目新しいところはなかったけれど、彼が斬新だったのは、他者を貶めることを禁じることだけでなく、同業他社を出来る限り徹底的に褒めろという点であった。「他社や他社の商品をできるだけ褒めなさい。卑下する必要はないが、自分のところにないメリットを教えてあげなさい」と彼は言ったのだ。

そんなことをしたら他社の商品が売れてしまうじゃないすか、会社に殺されます、という僕を彼は笑う。「褒めて褒めて他社の商品への評価がお客さんの中で最大になったときに自社の商品をセールスすればいい。もし自社製品が本当に優れているなら商売成立だろうよ」と言うので、それ無理くないか?という気持ちになる。その僕の気持ちを察した彼は「お客さんに他社の100点の商品を紹介したうえで、120点の商品を選んでいただけるようにするのが営業の仕事だよ。他社を貶めて50点に見せかけて60点の商品を売るような商売は続かない」と説明した。それから、彼は20年以上たった今も覚えている言葉を続けた。


「競争相手のマイナス面ではなくプラス面を利用する。それが顧客にとってのプラスになるのだから。マイナスの商売をやっちゃいけないよ」


彼は「営業は開発に対して、プラス面で勝つために、よりよい商品をつくってもらえるようマメに注文していかなければならない。できたら商談ごとに」と加えた。そして「同業他社のいいところを話すことでお客は、『こいつ自社の商品の宣伝じゃなくて、自分のことを考えてくれている』と考えるようになる。自然に商品ではなくその営業マンのファンになってくれる。そこまでいけば自然に売れるようになるし、その期待に応えるために営業マンは自分を向上させないといけなくなる。サービスは良くなる。商品も良くなる。信頼もされている。相乗効果で売れる営業になれる」と続けて、それが営業という仕事の醍醐味と大変さだと教えてくれた。僕はハードル高くなっていくばかりじゃないすか、と口に出してしまったけれども、ハードルを低くしたら、成績も低くなるだけだぞ、と彼に釘を刺されてしまった。

彼の言ったとおりに、競合を貶めるのをやめてからは、良くて横ばいだった営業成績は右肩上がりになった。若くピュアだった僕は、お客から他社の商品について質問を受けたときは、徹底的に褒めた。「プロの目から見ても〇〇社さんの商品は素晴らしいですよ。ウチも見習わなければならないところばかりです」「ウチの商品もなかなかですが、このジャンルだけは〇〇社さんの方が一歩先いってます」馬鹿の一つ覚えのごとく他社セールス!セールス!セールス!「自分とこの商品売らなくていいの?」と笑われることもあったけど、その頃の僕は本当にどん底で、何も教えてくれない会社に心底ムカついており、それなら他社をセールスしてやるわ!というヤケクソな心境だったのだ。最初のうちは結果が出なかったが、次第に問い合わせの連絡がポツポツと増え出して、気づいたら上昇気流に乗っていた。お客からは「会社にこだわらずにいい商品を紹介してくれるから助かる」みたいなことを言われるようになり、自社の商品を選んでいただけるようになっていった。マイナスではなくプラス面にフォーカスしていけという、あの初老営業マンの教えの正しさを僕は思い知ったのだ。

スナックで会ったとき、お客の変化について彼に話した。彼は競争相手を貶める商売はジリ貧だよ、と切り出し、競争相手と共闘して価値を高めあっていけば値下げ値下げのつまらない価格競争から逃げられるはずと言った。そらから彼は「ウチの業界はそうはならなかったけど」と自嘲していた。彼にも、やりたい仕事をやりたいようにやれなかった苦い思い出があったのだろう。お礼を言うと「やったのは君だ。営業という仕事はやった人間がいちばん偉いんだ」と言って普通に酒を飲んでいた。

あれから20年経った。僕は彼から教わったやり方だけで、営業として戦い続けている。世の中は変わって仕事や業界を取り巻く環境は随分と変わったけれども、仕事をするうえで大切なスタンスは何も変わっていない。ひとつだけ彼は僕に嘘を言った。彼はいつか仕事が楽しくなる、と言っていたが相変わらず仕事を楽しいと思うことはほとんどない。せいぜい、つまらなくはない、といったところ。これから当時の彼の年齢に近づくにつれ、楽しくなるのだろうか、だとするとまだ僕にはやれることがあるということでそれは楽しみでもある。リタイアして地元北九州に帰った彼が今何をやっているか僕は知らないが、場末のスナックで営業マンたちの愚痴や悩みを背中で聞きながら静かに飲んでいるような気がしてならないのだ。(所要時間35分)

 

車を買いました。

車を買った。身分不相応だけど新車である。家族の同意を得るのに費やした時間と苦労を想うと真夏の太陽がにじむ。大きな買い物には家族の同意は不可欠。もし家族の同意なく車を買ったら…のちにこの身に降りかかる災厄を想像するだけで恐ろしい。

奥様がなかなか首をタテに振らなかった理由は「まだ動くのに?要らないよね」というシンプルなもの。たとえば僕が使っているものを刷新しようとするとき。彼女は壊れにくさを重視して「まだ使えるよね」「いけるいける」と軽い感じで聞き流し、あっさり却下。おかげで電気式シェーバーの替え刃を改めることが出来ず、毎朝、肌をキズつけては血を流している。一方、奥様ご自身が主に使用するモノについては、壊れていなくても、光の速さで新調および刷新する。数年前、奥様のセレクトで購入した全自動洗濯機や冷蔵庫は、「色がちょっと気に入らないんだよね」「新型は電気使用量が少ない」という理由であっさりと新型へと新調。車も「まだ走るよね」という乱暴な理由で拒否され続けていたのである。

風向きが変わった。奥様が変わった。4つのタイヤが外れて動かなくなるまで、ボンネットから火が噴き上げるまで、ハンドルを握り続ける覚悟を固めたところであった。新型車の安全性能が著しく向上したのを、CMや広告で知ったらしい。安全性を考慮。普段は厳しい顔しか見せない奥様が、影では僕の身を案じてくれていることを知り涙があふれそうになる。嬉しかった。生きてきて良かった。歩くATM、しゃべる預金通帳、保険契約者、異臭発生装置。そういう扱いを受けてきた分、喜びもひとしおである。

僕の早とちりであった。奥様が安全を重視して新車購入にゴーしたのは揺るぎない事実であるが、その安全が誰のものなのか、認識が異なっていた。ハンドルを握る僕の心身と人生を守るための安全ではなく、彼女の財産と人生そして名誉を損なわないための安全であった。

「万が一、事故を起こしても相手に大きなケガをさせないように」「運転する側が運悪く命を落としても、被害者がいなければ…」「安全性能が高い車の方が、支払金は同じでも自動車保険料が安くなるってホント?」「運転中に脳内出血したら最後の気力を振り絞って壁にぶつけてでも車を止めてください。それで落命しても、キミは英雄になれる。私も救われる」「絶対に人の列に突っ込まないで。突っ込んだら死なないで。家族に迷惑をかけずに自分の命をかけて責任をとって」といった、どう好意的に解釈しても僕の安全よりも他にプライオリティがありそうな発言から、彼女の真意がわかってしまった。

今現在乗っている10年落ちの安全性能の貧相な車では世間様にご迷惑をかけてしまう。あの車に乗っているかぎり事故を起こす確率と加害者家族となる可能性は高い。世間から好奇の目、重くのしかかる保障、「あんな馬鹿を車に乗せたのか」と世間から非難され続ける暗黒の未来。そのような未来が私に絶対あってはならない。ならぬものはならぬ。ならば、勿体ない気持ちがあるけれども、事故を起こしにくい安全性能に秀でた最新カーに乗り換えてもらった方がに私にとってプラスだよね、という奥様の安全志向とリスクマネジメントが新車購入へ繋がった。僕の命が軽く扱われていることに、いささか寂しい気持ちはあるけれども、今は、車を買い替えられるという大きな事実を大切にしたい。

そういや、古い大衆車に乗っているおじいさんを見ると「大事に使っているなー」と感心していたものだが、あれ、お金や余命という己の要素と周りにあたえる危険を秤にかけて、「多少、危険かもしれないけど、あと数年の命にお金使いたくないし」つって前者に重きをおいて他人の命を軽んじて買い替えていないだけなのだよね。つまり自分ファースト。ウチの奥様の場合、最優先されるのが僕の命ではないことに少々納得がいかないとはいえ、命ファーストであることは絶対的に正しい。だから命ファーストで僕も生きる。死なない。絶対に事故を起こさない、起こしてはなるものかという気持ちはいっそう強いものになっている。自分を守ってくれるのは自分だけなのだ。奥様は資金援助もしてくれた。「私も助手席に乗せてもらうから、ささやかながら協力するよ」。その額1万円。ささやかすぎる。同乗するなら金をくれと叫びたい気持ちをおさえて、サンキュ。

安全安全安全。そういう至急の状況であったので、お目当ての車種の試乗もそれなりに、最高グレードで考えられるだけのオプションをつけて一括購入した。営業マンから「人気の車種なので納車まで時間がかかります」と言われた。しばらく待ってようやく納車。さっそくのドライブ。「やっぱ新しい車はいい。燃費いいし静かで」「高速運転と駐車はほぼ自動なんだなあ」と感動。家に帰ってきてネットを確認。目を疑う。そこには買った車種のモデルチェンジのニュース。きっつー。さらに安全機能が充実するらしい。以来、奥様からは「なぜもっと情報を収集しないのか」「今から新しい車と取り換えて来い」と詰められる日々。1万円も強制返還。楽しい嬉しい新車納車当日にそんなニュースを知らされるなんて、マジでこの世に神はいない。(所要時間24分)

令和時代も心に留めておきたい上司の言葉をまとめてみたよ。

2年ぶりに上司の言葉をまとめてみました。今回は中級編。「本来の意味では使われていない思わず泣ける上司の言葉」と「僕らはその厄介な言葉にどう対抗して生き抜けばいいのか」について書きました。

 

「エイヤ!」

掛け声系。本来は「概算」「だいたい」「経験則」「いちかばちか勢いで」という意味(らしい)が、ただの掛け声にすぎないときがあるから要注意。「俺が手を出したら終わり案件だから、あえて手を出さない。エイヤ―!」とかいって、実際にギリギリの納期に間に合わせようと動いているスタッフのまわりで「エイヤだー!」「エイヤー!」と騒いでいて鬱陶しいだけなので無視するのが正解。事後、エンヤを聴いて心を綺麗にしよう。

 

「予算(ノルマ)で満足せずにがんがんやれ」

解釈系。「目標達成に満足せず、もっと数字を求めて貪欲に行け」という意味に聞こえるが、会社でそのままの意味でとると死ぬ。真意は「部隊を発奮させるために言った…。予算より多くの仕事をもってきても現場が回るわけねえだろう…よく考えろバカ」(クソ上司談)。

 

「定刻になりましたのではじめさせていただきます」

冒頭系。会議などで耳にする。あらかじめ約束しておいた時間になりましたから、会議をスタートしますよ、という意味であるが、会社帝国ではボスや上層部が姿をあらわして席につかれたときを指す。つまり「定刻になりましたので~」ではなく「帝国になりましたので~」が正しい。

 

「基本的な問題だよキミー!」

無敵系。意見のあわない部下が劣勢に立たされたときに追い討ちをかけるためのフレーズ。「基本的な問題」って何を指しているのかわからないので、それを質問すると、「基本的な問題だよキミー!」「キミー!」が返ってくるだけなので僕らは諦めるしかない。余談だがこれをよく言っていたアホ先輩は会社で問題を起こして一夜のうちにいなくなりました。

 

「ソウは言ってもアレだな…」

まとめ系。「話についていけないのが部下にバレたらバカにされる」と内心で困っているがそれでも話をまとめて気持ちよくなりたいクソ上司が使うフレーズ。なんか締めている感はあるが、ソウとアレが何を指しているのか言っている本人もわかっていないのがキモ。これが出てきたら、こいつは何もわかっていない、と見切っていこう。無視していると自然にアレコレ言い出して壊れていくから。


「というパターン」

まとめ系。話の内容はまったく理解していないが、とにかくまとめて己の地位を守りたいクソ上司が多用するフレーズ。特徴は誰かが話を終えたあと光の速さで、「というパターン…」と言うところ。用例「つまりこのクライアントのニーズはホニャララになります」「というパターン」。これ繰り返しやられると精神が疲弊してくるので遭遇したら要注意。僕はクソ上司にこれをやられたときに「バカの一つおぼえ、やめてもらいます?」と文句をいったことがあるが「というパターン」と言われて脱力したことがある。バカには勝てない。というパターン。

 

「逆にいえば」

主導権ゲット系。本来は、逆説的なフレーズにつなげていくが、ただ主導権を得たいクソ上司が使うことも散見される。その際は、まったく逆になっていない意味を繋げていることが多いのでわかりやすい。用例)僕「この案はコスト高ですね」クソ上司「逆にいえばコストが高すぎるな」。見栄をはるために使われるフレーズ。逆にいえば見栄を張っているだけ。

 

「あれはお前に言っているんじゃない」

言い訳系。散々、部下にハラスメントまがいの説教をしたあとで、訴えますよ的な反応されてビビったクソ上司が言い訳に使うフレーズ。「お前の母ちゃんデベソ、ノータリン等々の叱責はお前にしているわけではなく、周りにいる叱責する価値もない奴らに向けての言葉であった。つまり俺の叱責のターゲットは貴様ではない。ゆえに貴様からハラスメントで訴えられる筋合いではない」という苦しい言い訳。やられたほうはたまったもんじゃない。どこに出しても恥ずかしくないハラスメントである。

 

「責任は取るから、失敗をおそれずにやれ」

省略系。素直に受け取れば、「責任は上司である俺が取るから失敗したあとの事態のことは心配せずに仕事に取り組め」という意味でしかないが、会社という責任転嫁の巣窟ではそうとうもかぎらない。正確な表記は「責任は(お前自身が)取る(のだ)から、失敗をおそれずにやれ(俺には関係ない)」。クソ上司がこのフレーズを持ち出したら、責任は誰が取るのかきちっと確認を取って、僕のように会社命令でリストラ担当にさせられたうえ、リストラの全責任を負わされないようにしてほしい。

 

以上である。この記事を参考に会社で上司が使う言葉には気をつけていただき、令和の時代も楽しいサラリーマンライフを送っていただきたい。(所要時間22分)

善意が「余計なこと」にされるような社会でいいの?

忘れもしない、あの、おぞましい7月23日午前11時きっちり。電話が鳴った。彼だ。新人君。「車のキーを紛失しました!」天を仰ぎ、立体駐車場と会社の距離100メートルを頭に浮かべる。直線、薬局、雑貨屋を右折。どこで失くすのか。立駐は出庫に時間がかかる。時間を節約するために車を出しておくよう頼んだ僕が間違っていたのか。ちょっとかれにはむじゅかしきゃったかにゃー。彼は荷物を持っていなかった。車のキーだけを持って出て行ったはず。それでどうすれば紛失できるんだ?

彼はお隣の部署所属の新人君(優秀)。いろいろあって今月いっぱい我が営業部でお預かりしているが、目を開けたまま居眠り、客先で居眠り、診察を頑なに受けないという問題が噴出したため、前倒しで返品しようとしたのだが「トップの決断は覆せない」「有望な若者を物品のように返品とはいかがなものか」と拒否られてしまい結局当初の予定どおり今月末まで面倒を見ることになっている。目を開けたまま眠れるのに、なぜ客先でその奥義『開眼睡眠』を使わなかったのか今でも不思議でならない。

電話が鳴る。今度はメール。またか?もしインスタ映えするキーの写真だったら抹殺しよ、というつもりでメールを開く。違った。15年前に付き合っていた女性からの15年ぶりのメール。恐怖した。なぜどうして令和になった今現在今日。どこでアドレスを知ったのか。そんな些細な疑問ではなくそのメールが何の説明文なしで女児の写真だけが添付されている事実に僕は恐怖したのだ。女児は推定1歳。衣服から性別は推定。撮影日時は今月15日(ファイル名から推定)。なにこれ恐い。恐すぎる。キーを捜索中の新人君から着信。「これは神隠しです!」と騒ぐ声。僕の両手には神隠しと女児があった。これがホントの千と千尋の神隠し。

僕も鍵の捜索に加わった。部下守りたいという気持ちはまったくなく、ただただ自分の保身のためである。会社と駐車場間100メートルを何度も往復した。道路上にキーはなかった。夏の往来。ミニな格好の若い女性が顔をしかめる。下を向いて歩いている中年男性は、世間的には不審でキモい存在、おまわりさん案件。通報をおそれた僕は速攻で方針を切り替え、側溝を見にいく。側溝の隙間や穴から中を覗き込む。なぜか交番から戻ってきた新人君は僕に追従せず、それどころか「もし落ちていても暗くて見えませんよ」「仮に見つけても取れませんよ」「『やってるポーズ』やめませんか?」と否定的なスタンス、それから「鳥犯行説を疑いませんか」と他人事のようなことを言って、両手で双眼鏡を持つ仕草をして上方を眺めるなどしている。とても真剣に探してるように見えない。きっつ…。こいつ、もしかして、ゆとりガチ勢なのか。

「神隠しってあるんですねー」と惚けたことを言ってやがるので、こちとら謎女児画像が「もしかして俺の子?知らないうちにオタマジャクシが冷凍保存されてたの?」と気になって気になって仕方ない気持ちを抑えて捜索しとるのにキーを失くした本人がなぜガリレオ・ガリレイのように呑気に天を見ているのだとムカついてきてしまい「神隠しじゃないだろ。自分の手で持って出て行ったのだから」と文句を言うと「知らないうちになくなったなら神隠しですよね?感知してるうちになくなったら神隠しではありませんが」と正論で返されてしまう。それから「神隠しという言葉で人の失敗を優しく終わらせるの、日本人の美徳かもしれませんね。もう諦めましょう」とぬかすので僕もこやつに始末書を書かせればいいと諦めた。始末書に「神隠しに遭いました」と書けば会社的に「あっ…」とお察しになるだろう。鍵をあきらめて、女児の画像を確認。まったく意味がわからない。あてつけだろうか。日本を象徴する山の麓にある某宗教団体の青年部に行くのを拒絶されたのをいまさら令和の時代に?うーん…。

結果的に神隠し始末書は世に出ることはなかった。キーは警察に届いていたのである。物事に対してどんな感想を持つのかは個人の自由であるが、紛失物が届けられたら善意の市民サンキュ、ってなるのが普通の人間の持つべき感想であろう。新人クンは違った。目を開けたまま眠れる人間はその分閉ざされていて闇になっているのだろう。「いい人がいて良かったなあ。わざわざ警察に届けてくれるなんて」と僕が言うと「本当に余計なことをしてくれましたよね。そのまま道端に置いておけばいいのに。バカなのかな。ちょっと想像力があれば、探しに戻ってくるとわかるじゃないですか」と彼は善意の市民を割とガチで非難しはじめたのでマジでクソだと思った。

ただ、ここでブチ切れして「嗚呼、やはりこの営業部長は新人クンのことを親身になって面倒をみようとしている。期間限定じゃなくて営業部に異動させたほうが部長と新人クンを双方にとって良いだろう」という社内的な雰囲気が形成されても困るので冷静に流した。つか彼が何を考えて生きているのかさっぱりわからない。女児の画像を送りつけてきた女性に意図をたずねると「あんたがどういう反応をするかと思って」などとこちらもさっぱりわからない。マジでこいつら最&高にサイコ。命を守る行動を取らなければならぬ。(所要時間32分)

新人をクーリングオフすることにした。

きっかけは取引先からの一本の電話。ビジネスの話のあとで「フミコ部長…大変言いにくいのですが…」と切り出された内容がショッキングで、僕は部下の返品を決めたのである。

当該部下は新人で本来の所属は管理部門なのだが、とある理由から「環境をかえたらどうか」というトップ判断を受け、今月末までの期間限定で営業部で預かっているのだ。能力的にはまったく問題はない。だが居眠り癖がどうしても抜けないのである。そんな眠狂四郎君は、勤務時間中に眠っているのを何回も目撃されて問題となり、環境をかえれば改善されるのではないかという計らいで営業部に在籍している。基本的にマジめな好青年なので営業部で何とかしてやりたいと僕は考えていた。環境を変えた効果はあった。仕事中で眠る回数はほとんどなくなった。「よくやっているね」と褒めたら「目を開けたまま眠れるようになった」という斜め上の言葉が返ってきたのは衝撃ではあったが(開眼睡眠)。目を開けたまま寝ているのなら「なんだよアイツ新人のくせに瞳を閉じて寝やがって」って士気は下がらないし、期間限定だし、頼んだ仕事はきちんとやってくれるし、ま、いっかと考えていたのだ。はやく7月末が来ないかな~と首を長くして待っていたのだ。

ところが一本の電話で事態は急変。率直に言って裏切られたと思った。電話の主である取引先に先日、僕は眠狂四郎くんと赴いた。昼下がりの応接室。前方に取引先の担当氏、僕の右に眠狂四郎くんが座った。「商談の進め方をよく見て覚えておくこと」、僕は眠狂四郎くんにそれだけを言った。商談そのものは順調であった。何も問題はなかった。あの電話までは。「大変いいにくいのですが、彼のためでもあるし」といって担当氏は眠狂四郎くんが商談中寝落ちしていたのを教えてくれた。おかしい、僕もときどき気になって横を見ていたが、彼の目は活きている感じがあって、目をあけたまま寝ているときの死んだ感じはなかった。ところが担当氏によれば、眠狂四郎君は僕から見える左の目を開けたまま、死角になっている右目を完全に閉じていたというのだ。つまり右半分で寝ていたというのである。うそーん。アシュラ男爵かよ。まさか、半分とはいえ、客先で寝るとは。

僕は詫びをいれて、眠狂四郎君の管理部門への返却を決めた。社内では目を閉じることに目をつむることは出来ても、客先での居眠りに目を通ることは出来ない。絶対にダメだ。管理部門の責任者に事情を話して「客先の応接室で寝るとはとんでもない、迷惑をかけたね」という言葉を期待して待っていると「いや、期間満了までは取り決めどおり営業部で預かってよ」という答えが返ってきた。部長会議で決まったことだから。ボスの決裁がないと無理ですよ。というカタチだけの回答だけならまだ良かった。彼は「あの新人君はひとりの人間だ。物品のようにクーリングオフ期間を設けるなんて、期間内に返品するなんて上司として、いや、ひとりの人間としてどうかね?」と言って、拒否したのである。

おいおいおい、客先で寝てしまう人間を営業に置いておけないでしょう、クーリングオフの対象だろう、という僕の反論は受け入れられなかった。結果的にトップダウンで決まった異動なのでボスの決裁がなければ動かせないということになった。「ボスに無断で出来ますかそれとも会社をやめますか」という文句で追い詰められてしまう僕。運が悪いことにボスは海外出張中。眠狂四郎君は最悪ボスの帰国まで営業部で預かるしかなくなった。胃が痛すぎる。新人や若手を大切にしなければならないのは理解できるが、そのために管理職の胃を犠牲にしてもいいのだろういか。つか部下もクーリング・オフ・オッケーにしてくれ。(所要時間27分)