Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕は、僕のなかの彼女にグッドバイをする

 中性的な顔つきのせいか、実年齢より少し若くみられることが多い。正確に把握しているわけではないけれど、20〜22才程度にみられることが多いみたいだ。「若くみえる」 手放しでは喜べない。それは「威厳」や「落ち着き」といった年相応に身に付けていなければならないものが欠けているという意味を内包しているからだ。今はもうあまり言われることはなくなってしまったけれど、以前はよく、或る女性タレントに似ていると言われた。「レナ?」「レナじゃない?」と僕を指差して。駅。書店。レストラン。いたるところで言われた。僕は憎んでさえいた。田中麗奈似のこの顔を。


 夜。コンビニ。二つの要素は若者を無法者にする。我がもの顔で大声を出しながら店内を闊歩している。生意気なことに可愛い女の子を連れていることが多い。不愉快だ。背を向ける。憤りでうっかりしていた。こういう状況下、僕の若くみえる容貌と田中麗奈顔は格好の獲物になりえるのを忘れていた。案の定、回避が遅れた。無法者が僕を見つける。あっけなくロック・オン。


 「お前、ナニチューよ?」無法者グループの一人が言った。アイ・ウォンチュー。そんな洒脱な切返しが効かない相手だ。聞いてないふりをしてやり過ごす。「だから、どこの中学なんだよ?」どうやら彼らには僕が中学生に見えたらしい。これは僕の容貌の罪だ。「オナ中だよ!」と言い捨ててチャリンコに飛び乗った。ごめん若くて。ごめん麗奈で。僕が中学に在籍していたのはもう20年も大昔のことなんだ。


 全力でぐいぐいとペダルを踏み込み、ギアチェンジでさらに加速する…つもりが十年選手で手入れもしていない僕のチャリンコのチェーンは無常にも外れてしまった。背後には無法者ども。僕は自尊心だけは芸能人級。チェーンが外れたことを悟られないよう、既に力を伝達できないペダルを踏む真似だけをして慣性を頼りに脱出を図った。カラカラという音が空しく響いた。歩道の凹凸で勢いが衰えてしまうと上半身を前後にスイングさせて推進力を確保する。奴等にこの失態を知られるわけにはいかない。奴等の話のネタになるのだけは嫌だ。その一心で逃げ切った。


 家に帰り、今日の出来事を女々しく日記に書いていた。そして悟った。ああこういうことかと。かつてガールフレンドが「アナタの女みたいなところがイヤなの」とだけ言い残して女々しい僕の元を去っていった理由がわかった。彼女も僕に田中麗奈を見ていたのだ。女みたいな顔をした、若々しい僕は隣からみていて嫉妬の対象だったのだろう。無意識のうちに可哀想なことをした。今になって女々しく思う。


 彼女がいなくなってから女々しく数ヶ月を過ごした。僕は生来の不摂生と女々しい深酒で34歳らしい立派なオッサン顔になった。たまに今日みたいに田中麗奈顔の残りカスでひと悶着あるけれど、田中麗奈成分のほとんどを体外へと駆逐することに成功し、今ではなんと奥田民生に似ていると時々言われるまでになった。信じられないかもしれないけれど。だから安心してマイ・ガール。僕のケータイのアンテナは今日も女々しく埼玉に向けてある。電波も良好。専用の着メロだって準備してある。パーフェクトだ。だから早く。僕が完全なオッサンになる前に。