Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

対峙


 早めに仕事が終わったので部屋の整理整頓をした。何を血迷ったかと思うことなかれ、僕だって五年に一度くらいは掃除をしたい気分になるのだ。ていうか、最近の暗い世相を眺めているうちに、いつどこで命を落としても家族に迷惑をかけないよう、自室くらいは綺麗にしておこうと突如思ったのだ。死と隣あわせの生ってやつ?刹那に生きるってやつ?


 そんな感じで始めた部屋の掃除。箪笥の裏から出てきたアルバムを眺めて、昔を懐かしんだり、引き出しの奥の大学ノートに挟まっていた女の子からの恋文を見付けて甘酸っぱい日々に帰ったりした、なんてことはまるでなく、部屋のいたるところに巧妙に隠蔽されたエロ本の数量に、ただ圧倒された。写真誌ならまだしも、そのほとんどが「ペンギンクラブ」「プレイコミック」「エロトピア」といったエロ漫画雑誌なのが素敵すぎる。


 エロ漫画の乳房たちは10数年経っても、重力やら引力といった地球のどうしようもないルールに縛られずに、大きさと張りを維持していた。そしてこれからも永遠に。人間が滅亡してもエロ漫画の乳房たちは、衰えることなく物理法則を無視して生き続けるだろう。素敵だ。


 若かりし僕は相当に捨てるに困ったのだろうなあ。大友克洋の「AKIRA」で、「大佐」がアキラの圧倒的な力を怖れ、慌てて地下に隠したキモチと、慌ててエロ漫画を隠した当時の僕のキモチは相違なかった、はずだ。とにかく、10数年を経て対峙したエロ漫画の処理。これをどうするかが目下の悩みだ。


 だってそうだろう?僕が不幸にも不慮の死を遂げたとして、部屋に遺されたエロ漫画の山に対面する家族のことを想うと、どれほど悩んでも悩み足りない。


「母さん、アニキの部屋の本、俺が片付けておくよ」
「もう気持ちが落ち着いたから、アタシが片付けるわよ」
「母さん、見ちゃ駄目だ」「見なきゃ片付けられないでしょ。あっ!」
「・・だから見ちゃ駄目だって言ったんだ」
「あの子、こんなイヤラシイ絵ばかり見て、女にも逃げられて。本当に馬鹿だよ」
「母さん、アニキのことは忘れよう」


 死んだあとで、こんなやり取りがなされたら死に切れない。「捨てればいい」と人は言うかもしれない。「エロトピア」を、ビニール紐でしばって捨てる。そんな簡単な行為が、ちっぽけなプライドが邪魔をして僕には出来そうにない。ひとまず部屋の奥底に隠して、問題を引き伸ばすことにした。