Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

野性の証明


 喫茶店のなかから、アイスコーヒーのタンブラーに突き刺したストローを咥えながら、駅前の雑踏を眺めていた。犬がいた。雄。たぶん雑種。茶色の整った毛並みに、首輪の赤が映える。傍らには飼い主のものらしい自転車。荷台には、焼酎の名が印刷されたダンボール箱がくくりつけられていた。「彼」は焼酎の箱の下、待ち犬の権威であるハチ公と同じ姿勢をしていた。飼い主の姿はない。


 「見てー!」「可愛いー!」「賢そう!」通り過ぎる人たちのうち何人かが、彼を見つけては、頭を、顎の下を、撫でた。彼に目をつけるのは、たまに通りかかって、悪戯をしかけては吠え返される酔っ払いを除けば、女子高生やOL風の女性ばかり。彼は退屈そうな表情で、来客に応じていた。


 しばらくして、飼い主が戻ってきた。薄い綿パンをはいた初老の男性。彼は涎をとばして跳躍を繰り返し、主に喜びをあらわした。体を撫でてくれる女性よりも、老人のほうが嬉しいなんて、賢そうな顔をしていても、所詮はアニマルだ。僕が彼なら、近寄ってくる女性の乳房で、主のことなど忘れてしまう。見知らぬ女性の胸に頭を埋め、顔全体でオッパイを味わって、相手からも撫でられて喜ばれるなんて、人間の世界ではちょっと味わえない。僕なら、サービスで涎も垂らしちゃうナ。


 喫茶店から出ると、彼は、主に従って帰路につくところだった。彼は、僕とすれ違い様にわんわんと大きく吠えた。きっと、野性で、僕の危険な魅力、アニマルな野望に気付いたのだろう。人間に飼われていても、獣の端くれなのだ。僕は、彼の野性に対して、少し、敬意を払った。