Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

オカンが水族館へ行った


 食べ物がいい、と確かに伝えたはずだ。朝、珈琲の香り漂う食卓で、母が突然、「八景島シーパラダイスに遊びに行く。おみやげは何がいい?」と言い出した。突然の、予想もしない宣言に少し戸惑いながら、僕は「なにか食べ物がいいなあ」と答えた。「いってきます」「いってらっしゃい」玄関先でしばしの別れ。


 日が沈むと母が帰ってきた。「ただいま。ハイ、これおみやげ」「なにこれ。食べ物じゃないよ」母の手には、耳掻きとトイレットペーパー。「アンタに必要そうなものを買ってきた」と母は言った。耳掻きには、先端にイルカと、ドラえもんの首にあるような形の鈴が付いていて、それがまた重くて、どうにも使い勝手が悪そうだ。一方のトイレットペーパーには、可愛らしいアザラシのイラストと、「すいぞくかん」の平仮名。どうみても成人男性向けのアイテムじゃない。僕が、今年の冬に33になったのを忘れてしまったのだろうか。


 


 「この耳掻き使いづらそう」「鼓膜破っちゃえ。そうすりゃ難聴も治るんじゃない?」母は時に残酷なことを平気で言う。「それにこのトイレットペーパー。こんな可愛いもので大便を拭き取るなんて、人間のやることじゃないよ」母は「可愛いでしょ。トイレが好きになるでしょう?これで思い切り拭き取るの。一切を残さないの。断ち切るの」と言って、真剣な顔をした。「ちょっと、それって僕が臭いってこと?しっかり拭けてないってこと?大きな問題だよ、それは。答えてよ。ねえ、本当のことを言ってよ。僕は臭いの?母さん!お母さん!」母が答えることは、遂になかった。


 今、トイレでは無邪気な顔をしたアザラシが、僕の来訪を静かに待っている。