Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

バッティングセンターで憂う


 同僚とバッティングセンターに行った。夕方のバッティングセンターは人の姿もまばらで、時折、どこからかボールを弾き返す音がカーンカーンと響いているのみ。一ゲームを終え、100円玉が残ってないことに気付いた僕が両替機のところに行くと、同僚が両替機から100円玉を取り出しているところだった。彼はネクタイを外し、Yシャツを腕まくりしていた。手首のところに紫色の痕があった。痕はかなり濃い色をしていて、見ているだけで痛々しい。


 同僚と入れ替わりで両替機の前に立つ。「調子どう?」「全然。久しぶりだからね」スポーツを普段しない人間同士で交わされる、ありきたりの会話。両替を終えて100円玉を手にした僕は、気になって、右手の紫色の痕について尋ねた。「どうしたの右手のそれ」「ああ、これか」彼は間を置いて、バッティングゲージの方に目線を投げ、他の人がボールを打ち返す様子を見た。それから寂しそうな顔をして言った。「内出血してるんだ。日々酷くなっている」目を伏せた表情からも深刻ぶりが伺えた。彼は続けた。「はっきりした原因はわからないけれど、たぶん『ドラクエソード』のやりすぎだと思う。毎晩、部屋に戻るなり全力で振り回しているから」「wiiのコントローラーを振り回すやつかい?」「そうだ。毎晩振り回している」


 僕らは隣に並んだブースに入り、バットを手に取る。カーン。僕は、球を打ち返す合間に話かけた。「ドラクエソードが原因ってことは誰にも言わないほうがいい。僕も胸のうちに秘めて誰にも言わない」同じように球を打ち返した同僚は「どうしてだい?原因を医者に聞かれたら、なんて答えればいいんだい?理由を教えてくれよ」と言った。「医者には適当に答えておけばいいさ。ただドラクエソードとは言わないほうがいい。医者だけでなく他の誰にも。これは友人としての助言だ」「理由を教えてくれよ」「友人として君のことを思ってのことさ。それを僕に言わせるのは酷ってものだよ。勘弁してくれ」「そうか」そういって同僚はバットを構え、ボールを打ち返した。カーン。「わかったよ。これ以上僕も君を困らせることはしない。理由は聞かないが、君の意見を尊重する」「ありがとう」夕焼けを背景に、僕らの周りには、ボールが弾き返される音が響き渡っていた。カーンカーン。友情を祝福する鐘の音。僕にはそう思えた。