Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

お気に入りの書店が閉店


 
 僕のお気に入りの場所がまたひとつ失われてしまった。職場の向かい側にある書店だ。いつ、閉店になったのか定かではない。夏が終わり、秋になって、僕が、うつむいて、アスファルトを見ながらトボトボ歩いているうちに閉店になっていた。今日、仕事を終えてから立ち寄ると、看板は撤去され、張り紙もない無機質なシャッターが灰色の壁をつくっていた。


 その書店には男性しかいない。店内の一人一人が、自分だけの世界を構築していて、狭い店内をすれ違う際も、目線を合わせたり、「すみません」と声をかけるようなことはしない。店主と思しき人も、雰囲気を重んじ、客と目を合わさない。それが暗黙のルール。店内にいる誰もが干渉を拒み、孤独を楽しみ、己の求めるものに没頭する、静かな熱情の世界。そう、そこはエロ本屋。なぜか駅前のメインストリートにあるエロ本屋。買い物に訪れた家族連れや、登下校の学生や、腕を組み体を寄せ合う恋人たちがひっきりなしに行き交う通りに面した男の城。


 僕は、同僚に発見されないようにその店に入るのを密かな愉しみとしていた。エロ本屋に通い詰めているという噂を、職場で流布される危険と隣り合わせの男の愉しみ。危険を乗り越え、乳房を露わにした印刷物の女性に囲まれながら、堅気の人で溢れかえる夕暮れどきのストリートを眺めるという、まるで神になって天上から下界を眺めるかのような行為。店を出た際の、無視を装った周囲からの突き刺さるような視線を受けている感じ。あの退廃と優越と劣等とがぐちゃぐちゃに入り混じった感覚と、ひりひりと焼けてしまいそうな高揚は二度と戻らない。


 今、僕のカードホルダーのなかにその店のメンバーズカードがある。裏面は、1000円につき一つのスタンプが押されるようになっている。スタンプが20個集まると1000円割引になるという、よくある代物だ。ひとつひとつのスタンプに刻まれた、乳房への愛と麻美ゆまの記憶を胸に、僕は金木犀の香る秋を歩いていく。生きるってこんな寂しいことの連続なんだ。でも僕は忘れない。職場から徒歩0分の地点で麻美ゆまのDVDを買ったことを。そのときの勇気を。