Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「あててんのよ」ってな調子でオッパイを押し付けられた!


 待ち合わせは午前九時。東京の足といえば地下鉄だ。ホームに滑りこんでくる満員の地下鉄にため息が出そうになるが、気を取り直して人のかたまりに背中をねじ込み乗り込む。一息つくと体の前面にひんやりとしたドアの金属的な冷たさを感じた。湿気で曇った窓をこすって外をみた。時折、パイプのようなものの影が左から右へと飛び去っていくのが見えた。その影は、あの冬の日に振り返ることなく去っていった恋人を想わせた。カタンコトン。街の下を地下鉄は走った。


 どれくらいの時間が経ってからだろうか。背中に異変を感じたのは。主は来ませり。僕の背中に押し付けられていらっしゃる聖なる存在。主は来ませり。この世に生を受けて以来追い求めてきたもの。スプリングコートを羽織っていても間違えることなどあろうはずもない、全てを柔らかく包みこむ大いなる存在、オッパイ。


 脳内戦闘ナビゲーターが絶望的な戦況を告げた。「戦闘力(バスト)95!戦闘レベルF!パターン青!チチです!」この時点で心の第三艦橋は木っ端微塵に大破していた。身動きがとれずオッパイに対して無防備が続いた。振り返れないせいでよくわからなかったが、背後を衝いているオッパイちゃんはかなり小柄だ。オッパイの当たっている部分でそれはわかる。あとは黒く輝く髪の毛が時折窓ガラスに反射して見えるのみ。知りうる情報はそれだけだった。


 背中は性的な意味で弱点なのでオッパイを押し付けられているうちに、血液が体の中心ヘソの少し下、それを胆と呼び武士はその部位を鍛えて戦に備えたらしいがそれはまた別の話、つまり海綿体の集積部「絶対防衛圏」に集まろうとしていた。己の野生を呪った。


 慄いた。絶対防衛圏への侵入を許したとしたら。挙句の果て発砲などしてしまったら。風呂場でカピカピになったパンツを洗う姿。駅のトイレでパンツを棄てる姿。嫌な未来予想図が頭をかすめた。断じてならぬ。僕はオッパイをはじめとしたこの世界を愛しているが、このアルミの扉に対して己の武力を行使するわけにはいかぬ。


 僕の愛すべき対象は頭上に拡がる関東平野に生息するヒューマンビヘイビアのあの人でなければならない。発砲が愛の最上の表現だとするならば。断じて扉に向け発砲するわけにはいかぬ。ごめん。世界愛してるなんて言ってるけど、やっぱり特定の人が好きだ。ああ、死亡フラグくさいこと考えた。ともかくだ。こんなアルミの無機物に対して発砲するわけにはいかぬ。ひんやりして人肌とは違う気持ちよさがあるのは認めるがそれ以上でもそれ以下でもない、ドアは鉄の塊にすぎない。


 僕は神と戦うことを決めた。オッパイを忘却の彼方にやる呪文を唱えた。中学のとき西ヤンに教えてもらったとっておき。「オッパイをみて変な気持ちになったら無機的で作業的で学問的で男性的でキモチのわるいことを考えるといいぜ」そういって西ヤンは去年社長になった。社長の言うことだから間違いない。


 水兵リーベ僕の船、七曲がりシップス、クラーク牛乳。小錦マ・クベキン肉マン。3.1415926535。マクベといったら壷だなあ。肉壷!円周率てパイだなあ…オッパイ!キン肉マン小錦…マン小錦!防衛ラインは崩壊した。悪いときには悪いことが重なるもので右手にいる学生風男が持つビッグコミックスピリッツ表紙の真木よう子様の谷間を補足してしまう。真木さん、けしからんですよぉそのオッパイはぁ。終戦。母上。生まれてきてごめんなさい。34にもなってパンツをカピカピにしてごめんなさい。悲しき男の性に貴女の息子は負けたのです。恋人よ。僕は発砲します。木綿のハンカチーフ送れなくてごめんね。僕は今日ほどオスであることを呪った日はない。やがて目の前を白い光が蔽った。発射…。ユニバース!


 発射は回避された。発射寸前で駅に着き、ドアが開くや否や僕は人ごみに押されホームに出されてしまったからだ。目の当たりにした事実は僕を愕然とさせた。絶対防衛圏は寸前で防衛された。しかし、事実は残酷だった。神は、オッパイは、なぜに僕に試練を与えるのか。これだけ真摯にオッパイに向かい合っているというのに。


 まだ試練の、棘の道は続くのか。一日の、否、人生の大半をささげているというのに。いつまで?どこまで?僕に赦される日はくるのか。果てしなきオッパイ求道の旅路は人生を終えるとき、永久に瞼を閉じるとき、そのときまで続くとでもいうのか。


 ホームに押し出された僕はオッパイを押し付けていた女性をみた。還暦間際と思しきオバサマだった。ふくよかな体型のオバサマ。オカンと同年代。僕はすべてのオッパイを愛している。悩まされ、惑わされることもあるだろう。それでも信じる。すべてのオッパイは幸せの源であると。だから後悔はしない。あの瞬間、僕は確かに背中越しにオッパイを、神を感じた。あらゆるオッパイは平等で神聖なものだ。オバサンのオッパイも然り。これからもずっと、僕は全てのオッパイを愛す。それだけだ。イエス・オッパイ!


 (第一部完)