Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

目を覚まして!メイドさんは僕らを嘲笑っているんだよっ

 メイドバーに行ったのは昨年の今頃のことだ。繁華街の通りで歓迎会か何かを終えてフレッシュな空気を垂れ流している新入社員や学生の集団から、逃げるようにして僕はメイドバーに滑り込んだのだ。扉を閉じテレビや雑誌で話題になったあのフレーズを待った。あれ?待てども来ないあのフレーズ。あれ?あれ?「お帰りなさいませご主人さま」はどうしたの?君たちの大事なご主人様はたいそうお疲れなのだよ。


 間接照明の洒落た店内。カウンターのスツールに腰をかけると女の子が目の前に立った。その格好は海外のエロ本で服を脱ぐ前によくある格好ナンバーワンのチアガールだった。舌足らずな声で「イエーイ!今日はチアリーダーコスのサービスデーです!ドリンクは何にしますかぁ?」と言った。とりあえず適当にドリンクを頼むと「オッケー!」と言ってチアガールは店の奥に消えていった。カウンターには他に二人チアガールがいた。


 メイドを求めて辿り着いたのにチアガールが出てくるなんて。これはメイドバーに非ず。意味もなく義憤がこみ上げてきた。同意を求めるように向かい側にいる大きなお友達二人組に視線をやる。君らも同じ穴のムジナだろう?こんな仕打ちはないよなあ、兄弟?そして僕は大きなお友達のどこか引っかかったような、慣れない笑顔を目撃して絶望する。奴らはそれなりに楽しんでいた。飼い馴らされていた。


 正論は闇に葬り去られてしまうものなのか。僕は20年前のあの寒い日のホームルームを思い出してしまう。仲間5人とある提案をすることになった。皆が幸せになれる提案だ。ジャンケンで負けた僕が代表して提案することになった。ホームルームの時間が始まりびしっと挙手をし提案した。


 バレンタインデーにチョコを貰えない男子が可哀想なので、チョコレートの持ち込みを一切禁止にしましょう!その提案は賛成1反対39で否決された。否決しまーす。委員長の乾いた声が中学の校舎に響いたとき、僕は敗北したのだ。二人組の様子は、申し訳なさそうでいるような楽しんでいるような、そのとき僕を裏切った仲間の姿を連想させた。


 目を覚ませ。これはメイドに非ず。チアガールは授業が終わったあと、小麦色の肌をもつアメフト部のボーイフレンドと一緒に僕らgeekを馬鹿にしてると相場は決まっている。奴らの歯は輝くばかりに白い。いい匂いがする。僕らの歯は黄色くそして臭い。目を覚ませ。これはメイドに非ず…そして僕は恐ろしい事実に突き当たった。


 メイドの真の姿。それがチアガールではないのか?サービスデーと言って時々顔を出しては、僕らを嘲笑う…。ど、どういうことだキバヤシ…。メイドだと思っていたメイドしゃんは実はチアガールだったんだ!な、なんだってー!どうやら俺たちは気付くのが遅すぎたようだ…今この瞬間にでも奴らはアメフト部の胸の中で俺たちをコケにしているんだ…。


 これ以上の無礼を許すわけにはいかない。僕にだってコンクリートジャングルを生き抜いてきた戦士の自尊心がある。復讐を胸に席を立った。僕の背中にチアガールの声が掛かった。いってらっしゃいませ、ご主人様!中途半端なメイド振りだが一切を忘れた。男なんてそんな悲しい生き物なんだ。体育で習った要領で回れ右をしてもう一杯だけソルティードッグを頼んだ。ご主人様どうぞ。グラスの縁に厚く塗られた塩がテーブルの上に置かれたローソクを模した照明で煌いていた。


 それが一年前の話。僕はメイドとチアガールとは無縁の生活を送った。ふと思い出して、あの店に足を運んだ。店は無くなっていた。看板が外されて閉店のお知らせの張り紙が貼ってあった。チアリーダー・コスプレとチアガール・コスプレの違いは永遠に解けない謎になった。スイートリベンジの機会は失われたんだ。今はあのチアガール・メイドの中途半端なサービスとソルティードッグの塩辛さの思い出が胸の中にあるだけだ。メイドたちがいなくなっても、僕は、ご主人様は、戦い続ける。この町で、ひとり。