Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

池袋サディスティック


 すこし昔、僕は池袋西口ではちょっとした「顔」で皆からは「キング」と言われていた。日曜日、久しぶりに訪れた池袋は「ふくろ祭り」というそのまんまネーミングのお祭りをやっていて、約束の時間にお約束どおりに遅れてやってきた僕の胃は祭りの太鼓の音によって底からブブンブンブと蹴り上げられた。そのウーファー・サウンドが悪夢の予兆ということに気付くのはずっと後だった…なんていえばドラマか小説みたいでちょっとは格好がつくのかもしれないけれど僕がそれに気付いたのは、ギャルの逆ナンパの嵐を「うぜえ」のパンチで撃退して居酒屋に入り、昼過ぎからカウンターに並んで安酒とお新香と枝豆をを前に赤くなっているオッサンの鈴なりを抜けて、居酒屋のGスポット的なポジションである一番奥にあるお座敷にあがり、すわった目で待ち構えていたオッサンの前に腰をおろした瞬間なのだから事実というやつは余裕がないというかせっかちというか答えを急ぎすぎるというかとにかく格好よくない。僕の前に陣取った埼玉オッサンが手にしていたのは、パチンコ屋の景品棚でビスコとチョコボールの隣に並んでいるような、大宮のスナック姐ちゃんから「なにそれえ〜?見たことないですぅ」てかんじにしなしなっとウケそうな、点火するたびに内蔵された電球がチカチカ点滅するライターで、オッサンはそいつで拾ってきたシケモクに火を点けながら僕に突っ掛かってきた。「俺はほっこり系なんだ」ちがう。「俺はあんたに影響された」一緒にしないでくれ。「俺はかわいい乙女なんだ」勘弁してくれ。「俺はちょいちょいとそのへんで…」「ちょいちょいと…」「ちょいとちょいと…」オッサンは口から「ちょいちょい」が飛び出すとまるでカラヤンが指揮をふるうような大袈裟な素振りで、いつもは中指しか立てない右手の親指を不慣れに立てて斜め後ろの虚空を指し示していたけれど僕には何を指しているのかわからなかったので、「オッチャン!どこを指してんのか全然わからない」と文句を言った。オッサンの答えは煙草の紫煙だけ。煙が拡散してなくなるとオッサンは「ちょっとタンマ!尿たれ行ってくるわ!」と叫んで男子トイレに猛ダッシュで走っていって僕のGショック計測によると26秒のワールドレコードで帰還してきたのでたぶん手を洗うことはおろか便器の水も流していない。洗っていない手で酒を手酌してタバコを口にくわえて鼻腔から紫煙の煙幕を張ったオッサンは「お前ぶっ潰す」とか因縁をつけてきたので「様をつけろやデコスケ野郎!」と僕はサイバーパンクにエレガントなキレ味で切り返した。店を出ると池袋の街は祭りの華やぎ。オッサンは池袋の街を歩いているときに僕の股間を「ちょいちょい」「ちょいちょい」と触ってきては反応がないとか言って世界のペレさんたちを敵にまわしていたけれど、すでに僕の思考の焦点はオッサンと両足の間で力なくぶら下がっている休火山から、少し前まで池袋で会っていた女性に移っていて、こうやってしょうもない時間であの人との記憶が薄まり流され塗り潰されていくのが少しだけ悲しかった。でもこれでいいのかもしれない。時間や人間関係が流れていく様を受け入れなければいけない。終わりと始まり。僕は新しい物語を紡ぎ始めればいい。いろいろな想いがぐるぐると頭のなかで巡った。そんな僕のセンチメンタルを埼玉オッサンがちょいちょいとしつこく股間を触って邪魔してきたので、いい加減「カチーン!」ときて「オッサン、キンタマ潰すぞ」と言おうとしたら埼玉オッサンが性別上女性であることに気付き僕の精神的な勃起は夜の池袋のネオンのなかで萎えた。女のイニシャルはA。女という概念をひっくり返す脅威の存在。ターンA。∀。