Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

秋空の下オッパイは音楽を奏でた


 知らない公園に足を踏み入れる。「オートバイの乗り入れは禁止いたします」と書かれた看板の脇をぬけ煉瓦の敷き詰められた小路を歩く。シーズンオフの野球場に人気はなくて、野球場の円形に沿うかたちで小道は走っていく。球場外に設置された焦げ茶色の照明灯に時折出くわす。球場のゲートには「L」と「R」のアルファベットと数字が書かれたボードが掛けてあってそのすべての扉にカギがかけられている。隙間から見えるスコアボードには何も記されていなかった。夏の残骸。


 僕はL‐5ゲートから少し離れたベンチに腰を掛けた。傍らに鎖で縛られた錆びたバスケットゴール。見上げた空は青く、薄く、静止した雲はカンバスに乾いた白の絵の具をこすったように淡かった。流れる空気はひんやりと冷たくて僕は息を吐き出し、それが白くならないことでまだ秋が終わってないと確かめる。僕の右手が僕のいうことを聞かなくなったのも、こんな秋の深まった空の下だった。


 ベルリンの壁が崩れた、高校に入って初めての秋、春先からの症状の悪化で僕はあっさりと3歳から毎日かなりの時間を割いてきたピアノを捨てた。あっさり、というのは長い時間をかけて考え、悩み、祈り、願ったところで僕の右手にプラスにならないのは僕自身がいちばんわかっていたし、鍵盤を思い通りに操れなくなった姿を見たり、無様な右腕が奏でる歪なベートーヴェンソナタを耳にするのを僕自身が誰よりも忌み嫌ったからだ。辞める僕に先生は言った。「ピアノは、音楽は、いつでもあなたを迎えてくれます…」「先生、終わったんだよ、僕は」


 ピアノを辞めてしまった僕には授業が終わってしまうとやることがなくなった。気の合う友人は一人としていなかったし、美術部は幽霊部員。ゲーセンや図書館で何をするでもなく時間が過ぎて日が暮れるのを待った。ある日の放課後、掃除当番をサボり続けた僕は担任から裏庭の清掃を言い渡された。罰。反抗する気力もない僕は担任から突き出された竹ボウキとプラスティックの塵取りを何も言わずに受け取って裏庭へ向かった。担任が僕の背中に声をかけた。「お前みたいな人間はな、将来…」途中から僕はウォークマンの電源を入れて彼の声を塞いだ。


 水の枯れた池と底に貼りついた乾いた藻の残骸と落ち葉の波が僕を静かに迎えた。モノクロームセット、アズテックカメラ、ジーザス&メリーチェイン。音楽を聴きながら掃除の痕跡だけを残した僕は職員室に立ち寄った。僕の予想通りに担任は帰宅していた。それから僕はホウキを片付けに用具箱へと向かった。用具箱は校舎に囲まれた中庭の端にあった。そのわきにあるカタカナのコを左90度回したコンクリート製の粗末なベンチに一人の男がスケッチブックを膝に置いて鉛筆を走らせていた。僕は近づいて声をかけた。「何をしているんだ?」彼は「世の中を変えているんだ」と言った。「世界?」膝の上にあるスケッチブックの左上にはエロ本の切り抜きがクリップで止められ、彼はエロ本の模写を独自の解釈で描いていた。


 「ずいぶんと胸を大きく描くんだね?」「大きなオッパイにこそ神は宿る。僕は世界を書き変えたいんだ」「顔は随分と手抜きなんだね」「顔に価値はないよ。世の中の醜いもの、そうだな…」と一旦言葉を止めてから彼は続けた「たとえば戦争や犯罪なんてものは脳みそが考えて顔から吐き出されるんだ。だから顔は美しくない」「足は?」「足はオッパイを支えるだけのものだろ。足に美をみる人間もいるようだけれど僕にはちょっと理解できないな」「ちょっとその乳首は大きすぎるんじゃないか?」と僕は余っていた鉛筆で手を加えた。「悪くない。いいセンスだ」と彼は言った。「高校に入ってやっと話が合いそうな奴を見付けたよ。君の名前は?」「僕は8組の…」それが僕と西ヤンとの出会いだった。


 次の日から僕らは渡り廊下でオッパイを書き始めた。消火器噴出事件を起こして先生から目をつけられると、第二校舎の屋上貯水槽タンクの脇へと場所をを移し、そこを「ヘヴン」と名付けてオッパイ絵を描いて描いて描いてかきまくった。僕らの抵抗は高校3年の夏の終わりまで続いた。僕らは学校中のみんなが無条件のうちに受け入れている世界から独立して機能していた。僕は、鍵盤の代わりにオッパイを奏でた。白鍵を乳房、黒鍵を乳首に見立てて。吸殻の詰まった空き缶が増えていくなかでも僕がピアノを忘れたことはなかった。


 僕の「痛み」は僕だけのもので、大切な僕自身だった。得難い経験だったとポジティブに受け止めるようにしていた。誰とも共有なんて出来やしない。僕の音楽は死んだのだ。僕はピアノへの想いのすべてをオッパイにぶつけた。そのうち僕はエロ本の模写に限界を感じてエロを補填するストーリーをつけるようになっていた。音楽センスがまるでない西ヤンは僕の文章をみて「リズム感があって音楽みたいだ」とだけ言った。僕はそのとき僕のなかでピアノが生きていると感じて少し涙が出そうになったけれど、西ヤンの右手に握られた飲みかけの僕のチェリオを見て流すのだけはやめた。


 先生はあのときこういった。「鍵盤や音楽の神様は誰にも平等なのです。そうね。ちょうどお日さまが誰にも平等に陽を照らすように。悲しいけれど陽を受ける私たちは平等じゃない。音楽を好きでない人間もいるだろうし、あなたのように諦めなければいけない人間もいる。けれど音楽はあなたのような人間がもういちど音楽を求めようとすれば必ず優しく微笑んでくれます。だからいろいろとやってみなさい。違った角度から音楽をみてみなさい。あなたがやってきたことは決して無駄ではなかったとわかるはずです」。僕の夢は叶わなかったけれど僕の音楽はピアノは生きている。僕のなかのどこかに。それは残骸なのかもしれないけれど。


 ベンチから腰をあげてズボンのおしりの部分を払う。背伸びをするとまだ色付いていない木々のあいだを風が抜けていく。煉瓦の並木道はまだ落ち葉がまばらで、風が吹くとカラカラと音を立てて転がっていった。冬が近づくにつれ落ち葉はぎっしりとこの道を敷き詰めてしまう。この落ち葉のサウンドは違うものになるだろう。今このときだけのものなのだろう。僕は、風の音、落ち葉の音、鳥のさえずり、犬の鳴き声を聴いた。陽だまりのなか僕は右手を少し動かしてみる。ベートーベンピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2『幻想曲風に』。柔らかい陽射しのなか、僕には見えた。駆ける落ち葉や落ちている石つぶてが音符に。煉瓦と煉瓦の継ぎ目が五線譜に。僕は傷や痛みを飲み込んで僕の音楽をこれからも奏で続ける。歪んでいても不細工でも構わない。それが僕の音楽なのだから。