Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

歯医者クライシス螺旋


 僕はくりかえす。いいこともわるいことも。馬鹿みたいに反省もなく僕はくりかえす。今日も。明日だって。そのとき僕と彼女の距離は十センチ。一時間後、僕は溢れた。


 いい歯医者の評判を耳にする。腕がいい。若い。待合室がお洒落。ゴスロリがいる。それらが僕の舳先を変える要因にはならない。通っている歯医者を変更する気分を後押ししない。僕が通っているのは僕が生まれる前から街にある歯医者。薄汚れた白い三階建ての建物。地下の、埃っぽいガレージに古い外車を停めている院長が開業し、今は息子と親子でやっている。


 そこは老舗で、地元に根差しているらしいけれど僕にはそれはどうでもよくて、重要なのは、重要というのは期末試験前に先生が赤チョークで下線をひきながら「おい!ここ試験にでるからな」と言うのと同じくらいに重要なんだけど、歯科衛生士ガールズが皆可愛くてスタイルがいいってこと。シンプルに言うと巨乳。


 真っ先に対応してくれる受付ガールから、そのひだひだに狭殺されるのを夢にまでみた狂おしいほどダボダボしたルーズソックスで、オッパイぷるるんで、まいっちんぐで、僕はしゅぱんとテンプルを撃ち抜かれて脳みそぷるぷるして足にキテしまう。生まれたての動物みたいに覚束ない足取りの僕に受付ガールが「保険証お返ししまーす」と言いながら両手で保険証を返すポーズが「だっちゅーの」。僕の脳みそはパチーンと溶け始める。普段使わない算数からこぼれていく。九九から失う。六の段。六九。ロック。シックスナイン。


 白衣のしたのオッパイがむみゅんみゅーと音を立てている。あ、いいなああれ。僕はパサっと左、右と手を出して保険証を手にとるとザッと後ろに下がる。踵ピッタンコバッチリ。僕の卒業証書授与の真似をみて受け付けの子が照れるように視線を落として書き物をしはじめた。番号か。あるいはアドレスか。それとも両方。慌てることないよデンタルガール。僕のFOMAのアドレス帳は九割空席だぜベイビー。「順番が来るまでおまちくださーい」声が跳ねていた。声色が昼休みの教室で学年のかっこいい奴ランキングを決めている女の子サークルから聞こえてきたあのときの声に似ていた。僕たち私たちは今日旅立ちます旅立ちまーす。僕は受け付けから見える位置にあるソファーを選び腰を下ろし英字新聞をラックから取り出し読むふりをした。


居眠りしてよりかかってくるオッサンのハゲ頭を肩リフティングしていると名前を呼ばれた。3の札が付いたブースに入り背中が倒れるシートに身体を預ける。先生がやってきて今日は虫歯になっている親知らずを抜きますと言った。親知らずを抜くのは三回目。イメージはできている。ノープロブレム。先生がいったん去ると歯科衛生士ガールが歯石とりまーすと言いながら僕の背中を倒した。ぐい〜ん。機械音とともに世界の角度が変わる。ずれていく。それから僕の口を開けてピンセットみたいな器具で擦ったり引っ掻いたりしはじめた。


 少したって目を開くと、横になった僕の顔のすぐ前に鼻まで覆うマスクをした歯科衛生士ガールの顔があった。目を閉じて考える。空間認識能力を限界まで高める。僕の頭のすぐ横にはオッパイがたわわに実っている。無防備にたゆんたゆんたゆんしている。手の届く距離にオッパイ。事故を装って触るか?寝惚けたふりをして両腕を振り回してサラっと触るか?昔、背泳の選手だったという過去を捏造して「インターハイの夢を見ました」とか言えば白と黒の車は呼ばれないだろう。それとも、忍者のようにひたひたとミクロ単位で筋肉を動かして悟られぬように接近するか?触られたことも感じさせなければ白と黒の車は呼びようにないだろう。


 あとは地震だ。直下型震度八地震マグニチュード6.9がこの歯科医院を直撃して僕らのブースが押し潰されて外界と断絶すれば「すみません手が胸に当たってしまって。やれやれ参ったな動かせない…」「仕方ないわ。それよりこの状況を楽しみましょう」という展開になって赤と梯子の車を待つだけなのにーと考えているうちに禁断の果実は僕から離れ、僕は先生に麻酔されてから親知らずを引っこ抜かれて家路についた。受付ガールがくれたカードの裏表を念入りに確認したけれど次の通院日以外の情報はなかった。「いつもこんな感じだ。前もこんなことがあったな」喫茶店に入りコーヒーをすすりながら僕は思った。麻酔で痺れ、感覚と秩序を喪失した唇の端からコーヒーの琥珀が溢れた。