Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

4月から課長になる僕が知ってしまった会社の秘密


 バンドの初ライブ(http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20090315/p1)後は仲間と酒をぐびぐびと飲み、居酒屋の壁紙をべりべりと剥がし、ギャルに股間を触らせてびんびんと勃起させようとした。そんなファンタスティックサタデーナイトが過ぎれば、「これからは普通のオッサンになりまーす」なんてキャンディーズ的宣言をしなくとも僕はロックンローラーから只のオッサン会社員へしゅんと戻ってしまう。ロックンロールの魔法は解けてしまう。しゅんといえばキュートなギャルに触られても頑なにしゅんと沈黙を守った誇り高き僕のチンポ、可哀想。そして海綿体に血液が流れこまなったという結果だけをみる風潮はいつだって僕を悲しませる。追い討ちをかけるギャルのお言葉、「キモーい」。


 ロックがどこかで死んでいる平日の夜、ゴルフ焼けでウンコ色の顔をした上司に呼ばれ、僕は銀バエの如くぶぶぅと羽音をたてて飛んでいった。呼び出された先の居酒屋では部長が待っていた。まあ座れと言われる前に僕は座りビールを頼む。部長はおしぼりで耳の穴を拭く作業を終えると、僕に「四月から課長だ」と言った。課長?課がないのに?僕の不審を読み取った部長が機先を制して言う。「そうだ課長だ。課なしの課長だ」「それは…」「なんだ?」「もしかするとドラマ『相棒』みたいな課ですか?」「ドラマ?ふざけているのか?それに『相棒』は特命『係』だ。『課』ではない」まあそうね。


 「部下は病気療養中のヨシムラ君ですか?」「ヨシムラは…」部長の眼から色が消え、重苦しい沈黙が波のように押し寄せた。なかなか口を開かない部長。僕は沈黙と部長の口臭に耐えられず口を開いた。口を閉じていても漂ってくる口臭の秘密を知りたいと思いながら。「彼に何かあったのですか?」「…彼は死んだ…」えー!「し、死んだというのは?」「そういうことだ。忘れろ」部屋に遊びに行ったときにNゲージの線路を並べ、ペプシコーラで迎えてくれたナイスガイ、ヨシムラ君SAYONARA。


 枝豆の殻からNゲージの銀河鉄道に乗ったヨシムラ君が飛び出して頭上で回り始めた。ガタンゴトーン。僕はヨシムラ君の目と鼻と口を覚えていないので記憶の海から適当にサンプリングしてヨシムラ君の顔を即興でつくり、哀悼の意を表明した。Nゲージのレールで出来た天使の輪を頭に載せたヨシムラ君(想像)は、銀河鉄道に乗って換気扇から空へ旅立っていった。「当面は一人で仕事をしてくれ。部下はいないので給料は据え置きだが責任は重大だ」と部長は言った。何それ。昇進の意味ない。「さすが部長…」部長の隣にいた次長が口を開いた。存在感がないので目の前にいるのを僕は忘れていた。


 銀河系で一番綺麗に「部長(BU−CHOU)」を発声する男、次長。彼は僕をじっと見つめてから「春からより一層頑張ってくれ」と言った。僕が返事しないことを予め知っていたかのように当然に彼は続けた。「君は知っているか?」「唐突に何です?」と僕は言った。本当に彼が言わんとすることがわからなかった。「秘密だ」と次長は言った。「だから何です」と僕はスタンプを押すような慎重さをもって言った。存在感のない超地味なクラスメイトが大して面白くもないネタで人気者になろうとするときに見せる表情が次長の顔には浮かんでいた。


 会社の秘密=意味不明な組織・給与体系、闇に葬られた同僚。そんな、しょぼい秘密について考えながら僕はビールを飲んだ。一足早くビールを飲み干した次長が切り出した。部長は腕を組み目を閉じて臭気を噴出していた。「君は知っているか?もうすぐ地球には隕石が落ちてきて世界は壊滅的なダメージを受ける。そのときに救われるためには我々と…」。


「シッ!キミ、彼にはまだ早い」


 突然の大きな声が次長の話を遮った。声の主は部長。仕事では見せない真剣さと苛立ちが声色にあった。それから部長は「知りたいだろうがまだ教えるわけにはいかない」と言った。僕は返事をするのも億劫だったのでジョッキを傾けてビールを喉に流し込んだ。「知りたいだろう」「助かりたくないのか」「今度の休みは暇か?」。目の前にいる男二人の声が冷たいビールに響いた。知りたくないっつーの。


 店を出るとサスペンダーをした男がニタっと笑い、声を掛けてきた。「おっぱいパブいかーすかー。オッパイー。オッパイー」。ファックな会社だけれど徒歩3分のところにおっぱいパブがあるのは素敵だ。毎晩のサスペンダー男の「オッパイ」連呼。オッパイの持つ優しい響きは、聞きたくないものばかりを拾ってしまう僕の鼓膜をいつだって癒してくれる。背中で上司が僕を呼んでいる。僕は聞こえないふりをして駆け出した。幸い、連夜のキャバクラ通いで財布は軽い。僕は誰もいない部屋に向けて軽やかに加速していった。オッパイオッパイと祈るように呟きながら。