Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

南の聖帝キャバクラへ行く


 近所の床屋はとにかく最高。三人いるオッサン理容師が三人が三人ともブラボーな薄毛で、彼らから流行の髪型と頭髪ケアについて簡単な講義を受けても著しく説得力に欠けるし、僕のふさふさした頭髪への嫉妬心から事故を装って坊主やトラ刈りにでもしてしまいそうな危険なオーラが三人のオッサンから出まくりの床屋。シャンプーだけは妙に上手く、こう、なんていうか、頭を弄られているはずなのに下の方の違う頭、亀さんヘッドを弄くられているような快感が丹田からぐぐぐーっと押し上がってくるくらい気持ちいいシャンプーをしてくれる。まあ、そんなことはどうでもよくてその床屋で最高なのは「北斗の拳」が置いてあるってところ。


 「包丁人味平」が全巻揃っているくせに「北斗の拳」が「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!!」で有名なサウザーさんが死ぬあたりまでしか置いてないあたりがこだわりが感じられてまたよろしい。南斗最後の将とかカイオウさんとか蛇足でつまんないし。で、オッサン三人がもさもさと、髪を切ったところで見栄えがしない未来像しか想像できない貧相なオッサンたちの髪を切っているあいだに北斗の拳を読破した僕は、愛する人のためにわけのわからん聖帝十字陵なんてイカれたピラミッドを作ったり、愛ゆえに、愛ゆえに、こんなに苦しいのなら悲しいのなら愛などいらぬ!!なんて叫んでしまう、愛の戦士サウザーさんにどういうわけか感情移入していた。


 で、愛だ、大事なのはピラミッドつくるくらいの愛だ、などと床屋で真実の愛に目覚めた僕が駅のロータリーへと向かうと、ゴールデンウイーク連休名物、楽しそうな若者の輪、すなわち性欲と愛情の区別のつかぬ愚者ズの騒乱があった。世紀末、お前らは聖帝十字陵建立の奴隷となり最後は人柱となる哀れな末路が待っているのだ、あはは、今のうちにせいぜい人生を謳歌しておきたまえとカーネルサンダースの後ろから哀れみながら羨望の眼差しを送っていたのだが、よく考えてみると、世紀末はついこの前に過ぎたばかりであり、次の世紀末は90年先だったりする。90年先の僕。医療の進化で生存していたとしても124歳。むしろ僕のほうがバイオレンスなモヒカン若者たちに拉致され子供たちと聖帝十字陵をつくる奴隷になっているという明るい未来ビジョンが降りてきたので、想像をやめ、今ここにある真実の愛に生きることにした。


 僕が勝者だ。お前らは嘘で、僕が真実だ。そう、口のなかで呟きながら賑やかな集団の前を横切り、家族連れ、カップル、あらゆる人ごみや明るさを避け、角をまがっていくうち、いつの間にかリストラ候補のような人たちが行き交う往来を歩いていた。知らぬうちに何者かによって発泡酒の缶が握らされていた。いつの間にか半分ほど飲んでしまっている。心が揺れる。駄目だ。このままでは。真実の愛なんてどうでもいい。愚者の騒乱に混ざりたい。今からでも。なんて、寂しさにぶるぶる震えているとせんだみつお似の黒服が寄ってきて「社長、キャバクラいかーすかー」などと言う。


 ああ、定額給付金もあるし、TEIGAKUKYUFUKINNはKYABANIIKUGAIIにみえないこともないし、一時間だけいいかな、どうしよう、と迷っておると、僕の心を見透かしたように黒服せんだみつおが「時間、セット2500円でいいっすよ」などと言う。「込み込み?」「ドリンク飲み放題込みこみ、連休お客さんが少ないので特別料金です」「可愛い子いるの?」「今日は可愛いギャルが揃ってます」決めた。「ありがとうございまーす。社長、一名様ゴアンナイ!」黒服せんだみつおが携帯で店に連絡を取ったあとで「あのーお願いがあるんだけど」「なんすか社長」「社長じゃなくて大佐って言ってくれないかな」「タイサご案内!」。タイサのイにアクセント。けっ。こいつ絶対、大佐の意味わかってないと思いつつ暗く湿った雑居ビルへ。


 エレベーターのない雑居ビル二階にある狭い店内に入り、焼酎と水割りセットの置かれた席に腰を下ろし待っていると、胸がばっくり開いたドレスを着た女の子が二人「いらっしゃいませー」といかにも脳味噌が繋がっていないような声色で言いながらってやってきた。一人は犬に、もう一人は鳥に似ていた。キャバクラで初めての女の子をみるときの感覚は美人ゴルファーといわれる人を実際に目にしたときの感覚によく似ている。ひとこと。微妙。


 こんなものだろうと諦めて飲んでいると犬子が「飲み物いただいていいですかー」とか犬語ではなく日本語で言うので一杯くらいいいだろうと許可する。すかさず鳥代が「オーダーお願いしまーす」と言っていかにも甘そうでアルコールの薄そうで焼酎よりも高そうな飲料が二つ運ばれてきた。乾杯。犬子と鳥代がドリンクを飲み終えた瞬間に日に焼けて大便色をした顔をもつ黒服がやってきて白々しく「犬子さん、鳥代さんご指名です」などと周りに客が見当たらないのにふざけたことを言って「ごちそうさまでしたー」と鳴いて犬と鳥は去っていった。すかさず「いらっしゃいませー」、次の女の子がやってきた。


 猿顔だった。猿美は悪びれずに「飲み物いただいていいですかー」と言うので渋々オーケーすると、またジュースのような飲料がグラスで運ばれてきた。乾杯ー。猿美は大学生ということもあり、僕が必死に「やっぱり夏は新島とか行くわけー?」と最近のキャンパスライフのリサーチをしていると「いらっしゃいませー」と言ってまた犬子がやってきた。「飲み物いただいていいですかー」と言いやがるので勝手にしろと頷くと「オーダーお願いしまーす」。カンパーイ。


 飲み物を飲み終えた猿美が大便黒服に耳打ちされて「失礼しましたー」とグラスを僕のグラスにカチンとやって去っていき、嫌な予感が的中して今度は鳥代が「おじゃましまーす」とやってきた。「飲み物いただいていいですかー」「も、もうご自由に…」呆れた僕は適当に応対。カンパーイ。少ししてまた猿美が戻ってきて「飲み物いただいていいですかー」「…」「オーダーお願いしまーす」。最後は犬、鳥、猿、桃太郎フォーメーションで盛り上がらない話をしながら酒を飲んだ。大便黒服がやってきた。わざとらしく申し訳なさそうな顔。「そろそろお時間ですが」「チェックで!」僕は思わず大きな声を出していた。


 「ありがとうございましたー」「またお願いしまーす」犬子と鳥代と猿美に見送られ僕は店を出た。会計一時間1万5千円。僕の定額給付金は鳥獣戯画に消えた。店の外にいた黒服せんだみつおを見付けてヘッドロック。床屋で僕に憑依したサウザーさんが心の中で叫ぶ。おれはアリの反逆も許さぬ!おれを支えるのは情ではない!どんな反逆も許さぬ血の粛清なのだ!!「やめてください」「なんだよあの店。まるで動物園じゃないか」「そんなこと言われましても」「高い飲み物ばっかり頼みやがってー」首を絞める。サウザーさんが叫ぶ!こんなに苦しいのなら悲しいのなら愛などいらぬ!!「ですから!」せんだみつお黒服がゲフゲフ声を上げる。「ですからなによ?」


 そんなこともあるさ だって キャバクラだもの  みつお


 まあ、そうだね…ってそうはいくかっつーの。