Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私の異常なお見合い・接触篇 または私は如何にしてアル中を装い謎の教団と対峙したか


 小学校の音楽室であの歌を聴いたときに異世界は産声をあげたんじゃないだろうか。若者たち。君の〜ゆく道は〜果てし〜なく〜遠い〜だのに〜な〜ぜ〜歯をく〜いし〜ば〜り〜君は〜ゆく〜の〜か〜そんな〜にして〜まで〜。だのに、だのに、だのに。僕には、だのに、が不自然に聞こえて仕方なかった。なのに、じゃないの?クラスのなかで僕だけが抱いた違和感の萌芽は、僕のなかで萌え萌え成長して僕から飛び出し異世界となり、今まさに飲み込もうとしている僕を。異世界の中心にいるのはシノさんだ。僕の家のドアの鍵の無断の合鍵の持ち主のシノさんは僕のお見合いの相手で、戦国時代好き西軍派趣味コスプレ、スザンヌ似の25歳推定Dカップ、閉鎖的排他的仮装的催事での名前はノッピー☆


 今、ノッピー☆によって僕の部屋の施錠は解かれ、ドアは開かれ、ドアチェーンが悲鳴をあげながらかろうじて侵入を阻止している。僕はブリーフいっちょうで物陰に身を隠している。冷や汗をかいたお尻をぐいっと突き出したものだからブリーフの布地の大半は割れ目に挟まれてまるでティーバック。ノッピー☆の声がした。「部屋にいるのはわかってますうー」。今日は疲れた。逃げよう。僕は脱出することにした。上着を羽織り、財布、携帯、缶ビールをポケットに突っ込み、裏の勝手口から路へ飛び出す。暗い路に藪、鎌倉の街並みは僕の味方。すぐそばの藪へ。靴はなかった。海はいつもよりも近く感じられた。潮風をほほに受け裸足で駆けていく。


 完璧なる擬態。僕は木だ。学芸会で樹木を演じた経験が四半世紀を経て生かされる。木になって缶ビールを飲む僕のブリーフを携帯が揺らした。シノさんヴィッツはどこかへ走り去っていた。「今、どこですかぁ」「TSUTAYAです。アダルトコーナーにいるので手短にお願いします」「部屋にいるかと思ってましたぁ」「物騒だからね、用心のために窓から出入りしているのですよ、最近」「油断も隙もない…オヤカタサマーさすが軍神ですぅー今ちょっと困ってますうー」オタガイサマー!僕も困ってる困ってる。


 「参ったなあ〜力になりたいけど今ブリーフ一枚なんですよ〜」「茶道教室に来ている人が変な勧誘をしてきてクマったクマったクマー。今から話を聞かなきゃいけないですうー」断れよ。面倒臭いなあ。「あ〜無理だな〜なんといっても僕はブリーフだからねぇ。多勢に半裸じゃ役に立てそうにないよ」「解決するまでオヤカタサマを呼びに参りますうー」毎晩物陰で息潜めてのメタルギアソリッドごっこマジ勘弁。「わかりました。力になれるかどうかわからないけど行きますよ」ビールの残りを飲み干そうと缶に口をつけた僕に、ノッピー☆の弱々しい声。「デニーズで待ってる」。僕は答える。「すぐ行く。走っていく」


 部屋に戻りもう一本缶ビールを空けジーパンをはいて希崎ジェシカのDVDを止めてから僕はデニーズへ向かってガツガツと肩で風を切り切り、うさだヒカルの格好をしたシノさんが座るボックス席を見つけて横に座り、正面に座る巨大な虎の顔がプリントされたババシャツを着たおばちゃんを睨んでとりあえず中ジョッキ。虎は僕のキズだらけの顔をみるなりニタリと笑い、話を始めた。ゆらりゆらり宙を泳ぐ眼の下から声が流れ出した。


 「あなたたちはラッキーですよ。ご存知だと思うけど既に地球にはニビルがやってきていて今まさにガンマポイントに達しようとしているの。ガンマポイントは、オメガホールとも言われていて地球人は大和語を操って宇宙文明と共鳴し八次元宇宙と調和しないと生き残れないの。フォトンチルドレンということね。古代ではアマテラスと呼ばれたこともあるけれど。あら。難しい顔しないでね。簡単な話なんだから…(原文そのまま)」大丈夫か、この人。中ジョッキ追加。ノッピー☆口あんぐり。「フォトンにはほとほと参ってますよ」と適当にからかって僕。虎は調子に乗り顔、紅潮。スイッチいれたかもしかして。


 「でしょう。フォトンチルドレンが現れてしまうとアセンションしないと三次元は不安定なの。たとえば富士山は一万五千メートルあるのをご存じ?(原文そのまま)」「いえ…」「ご存じじゃないですぅー」「あれは我々がアセンションパワーであの大きさに抑えているのです。実は昨日も噴火したのですがガイア意識で六次元に飛ばしたので大事に至りませんでした…(原文そのまま)」「えー!」「もう時間がありません。宇宙千年王国革命と大和人の遺伝子にある金信号の開放のときサムシング・グレートは起こり始めてます。ガンマポイントを迎えてサムシング・グレートが起こるまえに一度セミナーに来て詳しい話を聞くのです(原文そのまま)」。中ジョッキ追加。「あの、仰っていることの意味がさっぱりわからないのですが」「わからないですかねえ」 わかるかよ。「あの、仰っていることの意味がさっぱりわからないのですが」、僕が繰り返すと虎は「簡単にいうとあなたの悩みを解消するものよ」と言って煙草の煙を吐いた。「はあ」。中ジョッキ追加。それなら、ノッピー☆が言った。「この殿方のインポを今すぐに治してみよ」だから声が大きいって。


 「お兄さんインポなの?」と虎。お願いだからボリューム下げてー。「正真正銘公明正大のインポですぅー」「お兄さん、その若さでインポなの?」。やめてー。中ジョッキ追加。酔った。ふふふ。もう自棄だ。ふふふ。ふははははははは。「そうだ。僕はインポだ。ならばどうする?ここで治すか…?それともセミナーに行って治すか?」「それは無理」とあっさり虎。粘れって。「えー!人類が救えるのに一本のインポを救えないのー!」「インチキですうー」中ジョッキ追加。「あんまりだ!」「ひどいですうー!」「そ、そういわれてもそういうセミナーじゃないのです…」中ジョッキ追加。中ジョッキ追加。


 虎は消えた。「今夜はありがとう。キミは本当に頼りになりますね」、シノさんの声を聞きながら僕は瞳を閉じた。カルトもインポを治せない、という事実は、僕の精神を苛んでいた。「辛いなあ」「オヤカタサマー!なにが辛いのですかあー」。辛いけどこれお見合いなのよね。瞼を開けた。ぼんやりした僕の目の前で揺れるシノさんの携帯のストラップには石田家の大一大万大吉…。やっぱり辛いなあ。だのになぜ 歯をくいしばり 君はゆくのか そんなにしてまで。 デニーズのソファーからビールの海に沈んでいく僕の耳のなかであの歌がまた。