Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕のサマーウォーズ


 暑い夏だった。高校二年の僕は、入道雲の下で夏の暑さに熔けていた。熱気ムンムン蝉ミンミン僕悶々、それは今も同じだけれど、あのころインターネットはなかった。携帯電話もなかった。消費税は三パーセントだった。宮沢りえはまだヘアヌードになってなかったはずだ。共学の県立高校で僕と悪友の西ヤンは、勉強も部活もやらずに来る日も来る日も未体験のセックスを夢みて狂いながら、未接触のオッパイへの憧れで脳をだらだら溶かしながら、煩悩に、生きていた。


 ファックな高校生らしい健全な青春は、夏の初め、高校生らしく健全に映画館に行った日に諦めていた。映画館で同じクラスのグループに遭遇した。男3女4の不純異性交遊。暇なメンバーで映画を観ることになったらしい。《僕らは誘われなかった》。誰からみてもどうみても立派な暇人だったのに。夏のミステリー。お前ら忙しそうだったからさ、それだけ言うと奴らは楽しそうにバックトゥザフューチャーパート3のかかる賑やかなスクリーンに消えた。


 そのときの女の子の顔は思い出せないけれど、女の子が残したコロンの甘い香りがやけにムカついたのははっきりと覚えている。「あいつら全然映画がわかってねぇ。映画は暴力とエロ。それ以外はカスだ」。そう強がって入ったハリウッド映画のスクリーンは僕と西ヤン二人しかいなかった。「グレムリン2」。ポップコーンを買ってくると云って僕は劇場を出てゲーセンに行った。西ヤンが虚ろな眼をしていたのを僕は見た。奴は「グレムリン2」を最後まで観たのだろうか?それは今でも謎のままだ。


 そんな夏の午後、西陽のよく当たる北校舎三階にあるじめじめした数学部の部室、ファンタの瓶、コーラの缶に囲まれて僕らはいた。《数学部》といっても数学をやるわけじゃなく、ただパソコンゲームをプレイする、要するにダメ人間の集まり。イース3のエンディングをなんの感慨もなく眺めた僕らはエロゲーにすべてを捧げていた。クラスにいる女はクソだ!クソもしないで僕らに奉仕してくれる裸婦に愛を!僕らのことを無条件に好きになってくれる裸婦に情熱を!無言でカーソルを動かし、キーを叩き、モニターのなかにいる女の子の服を脱がし、乳首を責めた。


 女の子の乳首が固くなり頬が桃に染まった(但し、絵)、そのときだ。ガラガラっと派手な音とともドアが滑って薄暗い部室に光が射しこんできた。光の中に彼女はいた。生物部部長マリエさん。マリエさんは人形みたいな人だった。人形の口が開いた。「誰か来て!お願い!」


 マリエさんは黒ひげ人形に似ていた。樽に刀を刺していってGスポットにヒットするとポパーンと鯨の潮のように勢いよく飛び出すあいつ。さすがにひげは生えてなかったけれど。マリエさん曰く、生物部のバカが天文部のバカにからまれていて大変なことになっているらしい。天文部!黒ひげ人形の頼みをきく人間は存在しないが天文部なら話は別。天文部にはオッパイが大きな綺麗なお姉さん通称ホルシュタイン子さんが在籍している。次の瞬間、僕らは速度そのものになって部屋を飛び出していた。


 で、理科室に行くと生物部と天文部の青白い連中がいた。ひどい腋臭。こいつらダメだ…と西ヤンが眼で訴えてきているのがわかった。マリエさんが言った。「我が生物部にはまだ二人残ってるの。さあ勝負よ」。生物部と天文部は勝負をしていた。負けたほうがガリガリ君をおごる真剣勝負。アホくさ…ホルシュタイン子いないし……僕と西ヤンが帰ろうとするとマリエさんは「逃げるの?弱虫!軟弱者!」なんて、僕のロックンロールとガンダム魂をうまく刺激するものだから僕は足を止めてしまう。


 ゲームは花札。「コイコイ」「コイコイ」やっているうちに僕のあっという間に残金が尽きた。負けた。ロックンロールイズデッド。「帰ろうぜ」、僕が言うと「いいのかよ」と西ヤンがマジ目線で言う。で、「ゲーマーとしての誇りはねえのかよ?」なんてまた僕のロックンロールを刺激するものだからエロゲーマーの僕は生物部バカの一番弱そうなモヤシに長渕キックをして言う。「おい、金だせよ」。


 モヤシがしぶしぶ五十円を出してきたので長渕キック。ついでにモヤシ弐号モヤシ参号にも長渕キックキックして「お前らわかってるな?」。すると「僕の…お金使ってください…」「僕のも…」「僕のを…」なんて泣かせることを言って金を献上してくる苦しゅうない。「お前ら…いいのか…」。勝負再開。「やれー天文部をぶっ殺せ!」絶叫する生物部一同。イケる。「ウォリャー!」。


 僕らの勝負は先生に発見されて終わってしまった。僕と西ヤンは頭の中まで筋肉でできているという噂の体育教師ニッタイの偏見によって下級生から金を巻き上げてギャンブルをした張本人とみなされガツンと拳骨指導された。暗くなるまで残されて反省文。反省文は誰にも読まれないでゴミ箱行きなのはわかりきっていた。西ヤンの原稿用紙はまっ白だった。僕らは卒業までに何回も指導を受けたけど僕は西ヤンが真面目に反省文を書く姿を見ることはなかった。


 西ヤンが「負けたな」と言った。「だって、花札よく知らねーもん」「そっか。でも逃げないのがロックだ」「こんなもん書かせる先公はクソだな、西ヤン。俺は絶対あいつらに尻尾は振らないぜ」。西ヤンの顔がライターの火に照らされ薄暗がりに一瞬浮いて消えた。暗がりのなかで西ヤンの笑顔の残像が見えた気がした。こんなしょぼいアクションが本当にロックンロールなのか?尻尾を振るときもあるんじゃないか。僕は疑念を誤魔化すように煙草に火を点け、煙を吐きながら原稿用紙に一文だけ書いた。「今後ともよろしくお願いしまーす」