Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

徐々に奇妙な性癖


 誰でもよかった。あの頃、二十歳の僕は。四六時中苛ついていて、それでいてなにに対して苛ついているのか対象がわからない僕は、ただ誰かに受け止めて欲しいと願っていた。自己中心だとは知りながら。「あなたは自分しか愛せない人なの。顔をいつも隠しているのよ」。そう言い残して消えた恋人の影は僕の心に沁みのように、内出血のように、落ちない痕となっていた。《他人に興味がない》。僕を通過していった三千の女性はみんな、ディティールは違えど同じことを言っては僕の前から消えた。


 「もう人間はたくさんだ」。僕は友人から借りていた車を走らせていた。目的はなかった。行く先は決めていなかった。静かな夏の夜だった。月が白く輝いていた。月は姿をカムフラージュする意志を持っているかのように明るい光を放っていた。僕には月が欠けているのか欠けていないのかわからなかった。もしかすると昼間の太陽も欠けているのかもしれない。高速道路から見える建物は月の光を受けて、南海の魚群に姿を変えて車窓の後ろへと銀色の残像を残して泳いでいった。タンタン、タイヤが道路の継ぎ目を乗り越えていく音だけが心拍と重なって響いた。カーステレオをつけた。テープを頭出し。軽いノイズが僕を現実に引き戻す。ノイズが終わってサウンドがスピーカーを振動させた。鶴光でおま!僕は電源を切った。


 ハンドルを左に切って高速を降りた。どこの町で降りたのだろうか。標識に書いてある地名の漢字が難しくて読めなかった。喉が乾いていた僕は車を停めて自動販売機に百円玉を入れた。コカコーラのボタンを押した。自動販売機の静寂はは無言で部屋を出ていく恋人の背中を僕に思い出させた。お金が足りなかった。不足分を自動販売機に入れてボタンを押した。突然賑やかになる自動販売機は時間延長を決めてから十分間だけ声を弾ませるキャバ嬢のようだ。自動販売機正面にあったデジタル画面が点滅していた。スリーセブン。僕はもういちどコーラのボタンを押した。


 コーラを二本乗せた僕は車を川沿いに走らせた。道はやがてくねくねと曲がる山道になった。ヘッドランプに釣られて生き物が飛び出して来た。兎。犬。蛇。蝿。熊。三千の女。みんなひき殺した。高台に出た。路肩に車を停めて僕は外へ出た。草原を眺めた。気の早い秋虫の鳴き声がどこからというわけでもなく均一にそこに在った。風の吹いていない草原はなにも教えてくれそうになかったけれど僕にはわかった。僕は繋がりを求めていたのだ。誰とでもいいから繋がって僕がこの地上に、確かに存在していると確認したかったのだ。僕は誰もいない草原の前でブリーフを脱いだ。片足の足首にブリーフをひっかけながら車に向かった。


 車の給油キャップを外した。給油口は僕の腰の位置よりもずっと高くて僕を受けてくれそうもなかった。マフラーが目に入った。僕は膝を曲げて腰を落としてマフラーに差し込んだ。山道を登ってくるエンジンの熱は十分に残っていて、烈しい熱さに僕は痛みを意識するよりも早く叫んでいた。引き抜くと僕の先端の皮は焼け剥けていた。僕は先端にコーラをかけて冷やし終えると病院に行こうか元恋人たちに連絡しようか、いろいろと考えてみた。そのうち事実を伝えるのが面倒くさくなってきて考えるのをやめた僕の後ろには、大人への階段が打ち捨ててあった。