Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

とある友人の悲惨な離婚


 友人が離婚した。先生、小説にしてくれ、名前を出してもいい、書籍化のさいに金をくれればいい、と本人から言われているが、離婚というデリケートな話であるし、節度っつうの?このような話題で、本人を特定するような行為は暴挙であって、いくら僕がロックンロールだとしても、ためらってしまう。数少ない友人は大切にしたい。売りたくない。これが匿名の理由だ。


 で、もう堪えられない、離婚だ、つって離婚する友人アライ(id:tell-a-lie)と新宿で飲むことになり(名前出してしまった!)、午後六時、アルタ前に現れた彼の姿を見て僕は驚いた。眼鏡、マスク、全身黒、伸びた髪、左右非対称の眉、うつろな目、口元からは「金…金…」。端正な青年が変態カネゴンに…。「金、本当にないんだけどいいの?」「今日はおごるよアライ君」つうわけで居酒屋。


 とりあえず生ビール。「マジで離婚したの?」「マジですよ課長」。へぇネタじゃないのね。離婚の発端はシュレッダー。たまたま裁断気分になったアライが書類の山から見知らぬ借金明細を発見、これなに?と嫁を問い詰めたのがきっかけらしい。同棲から七年、結婚して四年の夏の終わり、35年ローンで買ったマンションの一室のできごとである。ひぐらしがからから鳴いていた。生ビール追加。


 「へぇなんで嫁さん借金したのよ」アライは煙草を大きく吸い吸い「それがさぁ…」。アライ嫁はアライと結婚したころ、友人と一攫千金!つって派遣会社を立ち上げたが、あえなく失敗したらしい。「事業失敗かーそれで離婚なの?」よくわからない。貯金がパーなのは痛いが。「問題はその事業を俺が知らなかったこととさ、貯金もないのにわざわざ借金して始めたことなんだよねー」アライが煙草を吸う。生ビール追加。


 嫁は結婚時に相当額借金があったらしい。アライはそれを承知で結婚し、これからは夫婦一緒ぞ、つって返済してきたのである。その元からあった借金に加え、事業失敗のシークレット借金数百万、返済に窮した嫁は返済のタメの借金を繰り返す始末、働いてもいないので借金は雪だるま式に膨大な額に。「えー!じゃアライ君が返済している一方でアライ家の借金は増え続けていたってことか…」「そういうこと」。生ビール追加。


 「気付かなかったの?」「まったく…」「たしかセックスレスだよね。セックスしないからじゃないの〜」「そうだよ。もう数年してない」「理由は?」「俺が知りたいよ。課長みたくインポじゃないのにさぁ」アライは煙を勢いよく吐いた。≪恋は盲目≫とは、ははは、誰が言ったかは知らないけれど、はは、よく言ったものだ。セックスレスとインポテンツはどちらが不幸なのか考えていたら虚しくなりジョッキのアサヒのロゴが二重にぼやけてきたので生ビールがぶがぶやって追加。


 「金の問題はどうしたの?」「とりあえず俺の貯金を当てて返した。嫁は自己破産させた」その結果アライの預金通帳はゼロになり、嫁とは別れ、あとには埼玉のマンションとローンが残った。アライは32才。こうして25才からの7年は虚無に帰したのである。まさに地獄。


 「マジで無一文?」「マジでないよ。毎晩マンションでxbox360で遊んでる」「一人でそんなマンションにいるの寂しくないの?」「ゲームとネットあるから別に。もともと社交的じゃないし。それに同居人いるしさ」えー!もう女いるのかよ!同情して損した。生ビール追加。


 「誰よ?それ」「誰って元嫁だよ。嫁」「意味わかんねーよ、早く追い出せよ」「それがさぁ…」嫁は実家ともめていて勘当状態で帰れないらしく、引っ越し先が見つかるまで当面、アライのマンションに住むらしい。「関係ないよ。大人なんだから。追い出せって」と僕が言うとアライが「まだ好きなんだよ…」と返してきて、ああどうして…、僕の声は行き場を失う。そんなマンションに毎晩帰っているのか…。神さま…。教えてください山は死にますか川は死にますかマンションは死にますかローンは死にますか嫁は死にますか愛は…愛は死にますか?駄目だ駄目だー。生ビール追加。


 「駄目だよアライ君!」「どうしたの突然」アライは悠然とビールを飲む。駄目だ!「女なんてねぇ。裏切ったり騙したりの化け物なんだ。優しさや好意なんてわかりゃしないんだ」「…」「財産がないと知ったら即日、馬みたいな顔して『あなたとはもうお付き合いできません。これ以上電話をするのも苦痛なんで切っていいですか。わたしは中型バイクに乗ってお金持ちを探しにいきたいのです』とかいう奴や、『やさぐれて』つってインターネットで知り合った男と酒を飲みに行って、そのままタワー型パソコンがたち並ぶ男の部屋に行って腰を振る奴、それが女の正体なんだよ」「なんの話してんの課長」「女なんて悪魔だ!虫だ!リピートアフタミー悪魔だ!虫だ!」「悪魔だ〜虫だ〜」「そうそれでいい。そうやって声を出していれば傷は癒される。僕も夜な夜な叫んでいる。悪魔!ってね。よかったアライ君が同調してくれて。いやービッチの話を咄嗟に創作した甲斐があったよ。僕は生来女性に優しい男だから、さっきみたいな想像は難しいよ」


 バツイチ、貯金ゼロ、マンションのローン、そのうえ会社が低調で頼みの残業代は消滅、彼アライには、一切非がないのにもかかわらず…。悲劇としかいいようがない。もし彼に非があるとするなら、嫁を盲目に愛してしまったこと、その一点のみであり、それを非というのは酷というものだ。


 大変だなーってビールを飲んでいると打開策はあるとアライが言う。訊くとマンションを貸す計画らしい。三十代のメガネをかけた会社員と二十代のメガネをかけた大学院生に話を持ちかけ、アライを含めた三人でルームシェア、という構想らしい。毎晩ゲームもやれる、安上がりに宴会も出来る、そのうえ家賃収入も入るというが、なんて華のない、なんてうだつのあがらない天下三分の計なのだろうか。


 「一文無しになっちゃってこれからどうすんの」「実家に話をしてないからしないといけない」ああ…。よかったらこれ少ないけど、つって僕は小切手を書いた。「十万もいいの?」「足りない?」僕はふたたびペンを走らせて小切手を書いた。アライの預金通帳に記された、たったひとつのゼロ。僕はゼロをひとつ書き加えた小切手を渡した。「元気だしてくれたまへよアライ君」「課長もどう?」「どうって?」「俺たちとルームシェア」絶対にいやだ。「ねえちゃん、おあいそだ!」僕は店員を呼んだ。ひときわ大きな声が出た。