Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私課長だけど会社のトイレが自動センサー式だった 死にたい。


 課長なのに、EDなのに、35歳なのに、会社で発射してしまった。今朝、誰よりも早く出社して男子トイレへ向かった僕は、オッサンしかいないのに<男子>というのは笑止くくっと笑いつつ、小便器の前に仁王立ちし『パウ!』一喝、全身の筋肉を弛緩させた。あれ?違和感。直後バリバリバリ。やめてー!慌てふためく僕の先からは尿とは異なる熱いものが打ち出されていた。


 僕は初冬の冷気できんきんに冷えた小便器の前で尿からたちのぼる熱気にうたれながら彫刻のように立ち尽くしていた。畜生畜生。昨夜見た希崎ジェシカ「学校でしようよ」が今更…畜生畜生畜生…、なんという失態だ!!! 俺は...僕は...私は...うなだれる僕の前、じゃら〜ん、レクイエムを想わせる水流の音が、ぐぼぼぼっという荘厳な余韻を残して鳴り止んだ。硬直していた僕の前、便器にこびりついたゲル状の僕チルドレン。ただ恥辱、ただただ屈辱。


 逃亡は不可。こんなことなら掃除のおばちゃんに『ぜっこーちょー!』なんて声を掛けなきゃよかった。絶好調すぎるわ。仮に、だ。犯人にされなくてもだ。人間の業、というのかしらん、これを大和糊と勘違いした掃除のおばちゃんが家に持ち帰る→破れたフスマや障子の修繕に使用→おばちゃんの息子が婚約者を連れて帰省→粘着力がなくべろんとした障子を見た名家出身の婚約者が行く末に絶望→婚約破棄→ヤケになった息子がおばちゃんと婚約者を惨殺→息子、障子に着火、僕のDNAを含んだタンパク質の焼ける臭いと共に焼身自殺、なんて悲劇に加担してしまうのは一人の人間として見ていられない。やはり処分、それしかない。まずは下半身を収納し手を清めよう、つって手洗い。ジョーッ!安普請ビルに響き渡る水流の轟音。今日ほど水流を憎く思ったことはない。ジョーッ!


 「ウォーター!」「サリヴァーンせんせーい」早朝のトイレでひとり「奇跡の人」を演じる虚しさのなか、なかなか止まらない手洗いを見て僕は気付く。はは、簡単じゃないか。流せばいいのだよ。痕跡がなくなるまで何度も何度でも流せばいい、ジョーッってさ。幸い師走の慌ただしさとは無縁の余裕の僕は早朝から会社に来ていて、今、邪魔をする者はいないジョーッ。便所の独裁者として優雅に証拠隠滅出来るジョーッ!何かに急き立てられるように慌ただしく小便器の前へ爪先立ちで靴音を殺し突進。


 センサー反応、すかさず小便器前から離脱、水洗作動、じょらーん。覗きこむ。あっぱれ、さすが我が息子たち、なかなか流れていかないね、ナイスこびりつき、敵ながらたいしたものよ、だが息子たち、偉大な父に勝てるかな、便所独裁者の父に、つって再び慌ただしく小便器の前へ突進するもセンサーが待ち状態になっておらず、突撃は空振り。センサー遅いよ何やってんの!


チンコ〜ン!エレベーターの停止音。誰か来る。はやく。はやく。再び突進、センサー反応、離脱、水洗じゃらーん。さすがは子供たち。こいつぁとんだ不良息子だ、くわっとなりこいつめ、こいつめ、死ね、溺死しろ、人に見つかるだろうって恐慌し、小便器への突進離脱を繰り返してみるが、「女心と秋の空とトイレのセンサー」とは、昔の人はよく言ったものでございまして、反応したり反応しなかったりで死にたくなる、いや死なないけど。


 すると「課長さん何やってんの?」と声がした。粗相のお片付けをしているんだジョーッと言えるはずもなく光が射す方を見ると掃除のおばちゃんの大仏パーマとご尊顔。おばちゃん、あなたを守る戦いでもあるのですよ。「いや〜大便と小便どちらをするか迷ってしまって大便器と小便器の間を往復しながら悩んでいるのですよあっはっは」「朝から元気だね〜課長さん」「元気。元気」。


小便器への突進離脱で自分の子供たちを殺戮しながら、僕は自分のなかの<男>が生きていることに喜んでいた。生きている、まだ生きている、と。死は生の対極ではなく、生の一部として存在する。小便器への突進と離脱は歓喜の舞踏でもあった。始業時間がきて同僚達がトイレに殺到してしまえば僕は社会的に死ぬ。死にたくない。僕は朝陽を浴びながらセイシの狭間で必死に舞った。