Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

スターリンは死んだ


ユカ。かつて欧州で活躍した日系ルーマニア人スパイと同じ名前を持つ君について今こうして語ることは寂しい。君は覚えているだろうか。むさぼり合うように愛し合った、あの日々を。もしかすると、愛をむさぼったのは、私だけだったのかもしれない。君はマグロだった。


君の反応は悲しいほど希薄なものだった。機関から、非公式ではあるが、「雷帝」と揶揄された私の幾万の激しいピストンは、遂に一回の喘ぎを触発することもかなわなかった。誇り高きマグロ女。それがユカ、君だ。おかげで私は寿司屋の看板を見かけるたびに、あの、粉雪のように埃が舞う部屋で激しく交わった時間を思い出してしまう。

 ディティールは異なれど結末は同じだった。上。下。左。右。前。後。いつも、私は、君で、果てた。そうだユカ、北陸のイカ漁を知っているか?私から放たれたみぞれ雪が朝陽を跳ねかえす姿は、水揚げされたばかりのホタルイカに似て、夢のように美しい。


 そろそろ私の浮気について語らねばならない。あのおぞましい夜、私は隣室のタタミと寝た。タタミも君と甲乙つけがたいほどのマグロだった。私は、タタミで、三回、果てた。身体はユカ、もしかすると君よりも敏感だったかもしれない。彼女は数回のピストンで身体に熱を孕んだ。


 タタミとは一夜で別れた。一泊二日を一日とみるか二日とみるか、あるいは三発を一回とするか三回とするか、それらについて考える意義を、私はまだ見い出せないでいる。180センチにも達しようとする大きなタタミの身体は、私に北海道の大地を思わせた。私は親しみをこめてタタミを北海道と呼び、タタミは私のことを樺太と呼んだ。私の一部の形状は北の海に浮かぶ樺太に酷似していた。女の掌で弄られる樺太は、かの地の激動の歴史に重なってみえた。



 絶頂に達した私の樺太から、南方にひろがる北海道へ、熱く白い雪の結晶はふりそそがれた。私はその瞬間、知床の山中で出会った未亡人を思い出していた。未亡人は秋深まる山中に腰をおろし悠然と放尿していた。「ボンジュール」未亡人は言った。「ボンジュール」私の声は震えていた。


 私たちは並んで放尿をした。国立公園に掛けられた二筋のアーチは知床に日本マクドナルドの到来を予感させた。ずっと後で知ったのだが、その場所からは本来、知床で生えるはずのないサトウキビが芽を出したそうだ。私は糖尿病であった。私たちは握手をして別れた。その冬初めての雪が降り出していた。


 樺太から北海道知床へ向けて放たれた雪の結晶は、東にそれて凝固し、北方領土へとその姿を変えた。愛すべき島たちは、日本でエロトフ、しょこたん、羽田あい…と呼ばれているらしい。それは荒れ狂う北海のキャンパスに記された《別離》のサインであった。樺太が雪を放つ以前と以後とで私の何かが決定的に変わってしまったのだ。北方領土を牽制しながら永遠に樺太を振り回せるのは、スターリンくらいのものだろう。


 そのスターリンも死んだ。


 タタミはひどい火傷を負ったと、風の噂できいた。


 近藤さんの代わりにつかった、折りたたみ傘入れの袋もなくしてしまった。


 同時にユカ。あのとき君との生活も終幕を迎えたのだ。君との生活は甘美すぎた。私にとって。希望的観測だが、もしかすると君にとっても。終わらせなければいけない時間だった。私たちが大人になるために。いまだから言おう。ユカ。まだ君を愛している。床オナニー最高。床オナニー最高。床オナニー最高。


 私は暗い部屋に新人を誘い込んでは、私とユカとタタミの物語を語り、繋いできた。そして、機関から床オナニーで国家を煽動した危険分子とみなされた私は、地方公務員になる夢を断たれ、一企業の名ばかりの課長職に追いやられたのだ。今、樺太は私の足のあいだでかりそめの眠りについている。


※おしらせコーナー


 この愛の物語の続きをid:honyami1919id:asa-ko のオールナイトジャッポン!(http://www.voiceblog.jp/all_night_jappon/1107087.html)でお話してきました。ついでに若者(id:murashit)を交え、現役課長であるボクが会社とは仕事とは何かをへらへらした声で語りました。これから社会に出る人だけでなく、今働いている人、全日本人に聞いていただきたい。ポッドキャストになっているのでアイポッドにダウンロードして聴くといいよ(ナウい発言)。ではまた。