Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

シルクロード・イン・マイルーム

電磁波が足りない。圧倒的に電磁波が足りなかったんだ。


 それは床屋の何気ないひとことからはじまった。床屋の越ちゃん(59)曰く「電磁波には病原菌を殺す力が或る」。床屋は朝から夕までパーマネントしているから電気機器に詳しい。信憑性は高い。

 電磁波か。僕の部屋には電磁波を発生するような器具がない。「電磁波は人間をおかしくする」。十年ほど前に床屋の越ちゃんからそう吹聴され、恐れ、おののき、恥も外聞も忘れ、慌てて部屋から電気機器を消し去ったのだ。でも。そうだったのか。電磁波か。超電磁YO!YO!電磁波パワーでクラミジア菌を消滅させられるかもしれない。股間に電磁波を照射すればインポテンツ(持病)も治るかもしれないしね。死ね死ねクラミジア


 いざ電磁波。それなら電気カーペットにしよう。ごろごろ寝ているだけで楽だし、なにより温かいし。最新の2010ウインターモデルを買おう。それともサマーモデルがお買い得かしらん。僕は鼻歌を歌いながらまねき猫を押し押しして、書籍や衣服を八畳部屋の隅に追いやり、四畳ほどのスペースをつくった。「星の瞳のシルエット」最終話が掲載された「りぼん」89年5月号とAV女優のサイン色紙が出てきた。それからバイアグラ。一錠。嬉しかった。吐く息が白かった。


 郊外の電器屋。電気カーペットコーナーは閑散としていた。壁にカーペットが掛けてあるさまはビジュアル的にもサウンド的にも地味。携帯電話や携帯音楽プレイヤーの賑わいが隣町の花火大会のように聞えた。壁にかけられた電気カーペットと説明札を睨んだ。安い買い物ではないから般若の表情で慎重に。カーペットくらいなら店員を呼ばずとも。3分経過。電気カーペットは光らない。音もださない。退屈。眠い。殺人的に眠い。店員を呼んだ。


 店員はアイスランド出身の歌手ビョークに似ていた。ビョークは名札をつけていた。見ないようにした。役職的な何かが記載されている嫌な予感がした。ビョークは推定22才。僕は36才、社会人15年目にしてやっと課長。もしビョークが課長もしくはそれ以上の役職に就いていたら面白くない。悲しい。自室は8畳なのだが諸般の事情で4畳サイズの電気カーペットを所望している、という意味内容のようなことを言うと、ビョークが返事をした。アイスランドの空気のような冷たい口調で。


 「2畳相当のものと3畳相当のものがございます」「いや僕の部屋は8畳で、スペースは4畳だから…」と言うと「2畳相当と3畳相当しかございません」の一点張り。ビョークは寒さに強いかもしれないが、僕は病気なんだ。今、僕は病苦なんだ。それから僕は、みみっちい敷きかたは嫌なんだ、全面的に敷いて貴族のように4畳の広大なふかふかをごろごろ寝転がりたいんだと主張した。「2畳ソートー!3畳ソートー!」ビョークは聞く耳をもたない。


 僕は発想を転換し2畳相当の商品を2枚購入し4畳を埋めることにした。2畳のやつを2枚くれ。ってこれでいいだろうという気持ちでなかば投げやりなテイストでビョークに伝えるとビョークは「1枚で十分ですよ」、ブレードランナーという映画にでてきたうどん屋の親父のようなことをいう。ふざけるな。僕は店をあとにした。3畳相当の電気カーペットを1枚購入して。ビョークは<フロア主任>だった。勝った買った。


 部屋に戻り電気カーペットを敷いてみるが一畳相当が床のままで騙された気分。だいいち体裁が悪い。わたせせいぞうイメージの部屋じゃない。僕は温かな電気カーペットの真ん中で電磁波を浴びながら寝た。


目が覚めると僕はうつ伏せで、パジャーマのズボンはパンツとひとつになって膝までずり下がっていた。パンツが主犯なのか、それともズボンが主犯なのか、僕にはわからなかった。たぶん一生わからないだろう。ボニーとクライド、どちらが主犯なのか永遠にわからないように。部屋の真ん中から僕の腰までナメクジが歩いたような粘液の筋が走っていた。東西に走り、なめらかに、ぬめぬめとして、まるで白い絹のようで。それはさながらカーペットの砂漠に浮かびあがった、シルク…ロード。


 電気カーペットの敷かれていない部分、一畳相当のスペースに移動していた。そこに温もりはなかった。電磁波も。新品の電気カーペットは体液で汚れちまった。説明書を手に取った。「この商品の特長」を開いた。電気カーペットの電磁波は99%もカットされていた。あらかじめ去勢されていたんだ。そんな軟弱な電磁波で治癒などできるはずもなく、ただ悲しかった。衣服や雑誌が散乱したこの部屋は落葉に埋もれた空き箱みたい。だから僕は子猫のような泣き声で、うぅ、うぅ、うぅ。