Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ガラパゴスの秘密/文学フリマに参加してます。

今回はお知らせです。文学フリマ(平成22年12月5日(日)/大田区産業プラザPiO)にはてな発文芸同人『UMA-SHIKA』(id:uma_shika)の一員としてひっそり参加しています(文学フリマの詳細はこちら http://bunfree.net/)。「UMA-SHIKA」のブースは『I−07』。僕は、先輩につれられていった某地方都市風俗店で入れ歯おばはん(自称30歳)にサービスされそうになったという苦い想い出をもとに、「老人の性」「DV」「森光子」をテーマにした短篇小説「理由」で参加しています。ブログでの自意識過剰な文体を捨て、笑いを捨て、ついでに頁数まで捨て、いったい誰が書いたのか、僕が書く必要があったのかわからなくなってしまった没個性小説です。大作の並ぶラインナップのなかでいくぶん、いや、かなり小ぶりなブツですが10分くらいでさっと読んで楽しんでくれたら嬉しい。今回発表する第四号は過去最大ボリューム(200ページ超)で1000円。主宰/紺野正武氏(id:Geheimagent)の精液より濃いラインナップは以下のとおり。

『UMA-SHIKA』第4号目次

《小説》キリストノミコト ココロ社id:kokorosha
《往復書簡》権威のない世界文学評議会 紺野正武(id:Geheimagent) 石間異路(id:idiotape2
《小説》絶滅と初恋 ヨグ原ヨグ太郎(id:yoghurt
《小説》ブラックボックス ムラシット(id:murashit
《小説》走らずの馬 宮本彩子(id:ayakomiyamoto
《小説》新しい太陽の都 紺野正武(id:Geheimagent
《小説》理由 フミコフミオ(id:Delete_All
《小説》新世界の銀行員たち 森島武士(id:healthy-boy
《エッセイ》ポルチーニ茸を食卓に 吉田鯖(id:yoshidasaba
《小説》孤児たちの支え 保ふ山丙歩(id:hey11pop
《おじいさんの話》おじいさんの話 あざけり先生(id:azakeri
 表紙デザイン:ヨネヤマヤヤコ(id:yoneyacco

 僕がいうのもなんですが、インポが治るかとおもうほど刺激的でクレイジーな内容です。メンバーひとりひとりが文学を愛していて、それを歪んだかたちで表している、つまりこれは文学への一方的かつストーカー的な恋文集…ああ、愛はなんて不自由な代物なのだろう…。それでは当日、I-07ブースでお会いしましょう。幸薄い感じのイケメンが僕です。ブースは『I−07』!


僕の小説を読んだことのない人のために前回の文学フリマで発表した短篇を掲載しておく。↓

 「ガラパゴスの給水塔」


 部屋へ帰ってくるとポストに一通の封筒が届いていた。手にとってみる。ずっしりと重く、厚い。ぼくは、封筒の存在感よりもそれが<届けられた>事実に驚いていた。


 ぼくには部屋に帰ってくるや否やポストの中身を確認する習慣はない。ポストの中身を気にしない生活を送るようになってから二年が経っている。故郷にいる両親だけに転居先を教えて、この部屋に引っ越してきた、一昨年の春からだ。その両親も昨年の秋に交通事故で死んでしまった。だからぼく宛ての手紙を書くような人はもういない、はずなのに。


 新聞を断ったのも随分と昔のことだ。「格好だけでいいから新聞くらいは取りなさいよ」。そう、母に言われて契約した全国紙。取るのをやめるまで、トップを飾る写真と天気図しか目を通さななかった。今、部屋のポストに届けられるのは、派手な色合いだけが目に付く、何を伝えたいのか、さっぱりわからないダイレクトメールくらいだ。<届けられるはずのない一通の封筒>


 小さいころ好きだったアメコミのキャラクターなら、空に向けた掌を肩の高さまで上げて頭からクエスチョンマークをぽっかりと浮かばせるお決まりポーズをとるシーンだろう。

 なんだか出来の悪いミステリーみたいだ。狐につままれたような気分で厚い封筒を開けると、一枚の便箋と、見覚えのある風景たちがこぼれ落ちてきて、それでぼくはほとんど瞬間的に差出人を知る。日射しがテーブルに置かれたミネラルウォーターのペットボトルで跳ねて、散った写真たちと僕に時間の魔法を仕掛ける。あのころ、ぼくらが給水塔の高みから覗き見た眩い光を放つ水面とシンクロするようにして。そして、ぼくは時を遡る。


「ぼくらだけの世界をいつかおくるよ」 再生されるきみの声。


 ぼくらはいつも給水塔に登っていた。給水塔は、公共団地の奥にある茂みに、住民たちから忘れられるようにして立っていた。てっぺんには鉄柵に囲まれた円形のスペースがあった。綺麗な場所でも、楽しいところでもなかった。ただ、いつでも、いつまでも心地好い風が吹いていた。シャツと皮膚の間を抜けていく風の感覚は心地よかった。


 それだけでぼくらには十分だった。

 中学二年という中途半端な時期に転校してきたぼくは、生来の病気と引っ込み思案のおかげで居場所を見付けられなかった。学校。通学路。団地。ファミレス。コンビニエンスストア。ゲームセンター。どこにも。気がつくとぼくは給水塔に登っていた。誘われるようにして登っていた。そこでカメラを持ったきみと出会った。きみは、ぼくと同じ団地に住んでいたけれど通っている学校は違った。「気の合うクラスメートがいない」。君は大して落胆した様子も見せずに言った。さながら弱い生き物が猛禽に追い詰められるようにして、ぼくらは自分たちがサバイブするためのささやかな生態系を小さな給水塔の上につくりあげた。


 すべてが見渡せた。学校。公民館。シャッターのおりた商店街。桜木町の百貨店。海へ流れていく濃緑色の運河。きみは自慢のカメラで撮った。街を切り取るように。ウォークマンで音楽を聴きながら寝転んだぼくらの頭上を飛行機雲が、わたがしをひいたように空の向こう側へと伸びていった。きみが文庫本やコミック雑誌を読もうとするときまって強い風が吹いて邪魔をして、ロールプレイングに夢中だったきみは「ここでは文字が封印されている」なんて笑えない冗談を言った。


 ぼくらの馬鹿話は近くを走る産業道路のノイズが守ってくれた。団地にあった池が日射しを反射して団地の壁やバス停や街路樹に描いた幾何学模様が万華鏡のように移ろいゆくさまを眺めた。狭い給水塔の屋上でヨーグルトを食べ、その空き箱に僕らはアサガオを植えた。きみはそれらもフィルムに焼き付けていった。


 アサガオが青紫の花を咲かせた朝、ぼくらの居場所は唐突に失われた。《管理組合》によって。カンリクミアイは現状回復を名目に、ぼくらが給水塔の足元に持ち込んだ進入禁止の標識を最初に撤去するとほんの数分でぼくらの居場所を破壊した。<ゲンジョウカイフク>


 ふざけるな。大人たちの太い腕で羽交い締めにされたぼくらの前で給水塔のまわりには金網がつくられ、入り口は役割よりも大きい南京錠で閉ざされた。それがぼくらと給水塔の別れだった。ぼくがアサガオの種を半分持って転校したのは秋の初めだ。給水塔の撤去を転校先で聞いた。引っ越しの準備が終わると、カメラを首からぶら下げて、きみは言った。「ぼくらはいつまでも友達だ。きみのことはなんだってわかる気がする」。そして、きみは「さよなら」の代わりに


「ぼくらだけの世界をいつかおくるよ」と言った。


 机のうえに散らばった風景たちは、ぼくらがあの給水塔から眺めたものに違いなかった。不思議と、あのころとまったく変わっていなかった。いや、あのころよりもずっと華やいでいた。シャッターがおりていた商店街も人が溢れ活気に満ちている。桜木町の百貨店、閉店したんじゃなかったのか。閑散としていた運河には艀の群れ。

でも一枚。

一枚だけ。ぼくにはわからない写真がある。これはなんだい?


 便箋にはこの写真の意味が書いてあるのかい?<きみのことはなんだってわかる気がする>。甦るきみの声。ぼくは少しだけ寂しい気持ちになる。初めて、ひとりで、給水塔に登ったときもこんな気持ちだった。きみは知らなかったんだ。ぼくのことを。ぼくが風が吹き付けるあの給水塔を登った理由を。


 あの場所には光とサウンドだけがあった。文字はなかった。文字は予め失われていたんだ。だからぼくはあの場所に登った。ぼくはディスレクシア。文字を認識できない男。ぼくはレコーダーのRECボタンを押した。


 「久しぶり。元気ですか?」   (初出/VVV(bui-bui-bui) 第01号 筑波大学アマチュア無線部仮設文ガク課id:pig-novel