Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

上司は真性こまったちゃん


 今日はプレゼンテーション。今夏、得意先で提供するカレーの試食会。得意先の担当者、ウチの会社のスタッフ、そしてウチにカレーを売り込みにきている業者数社の担当者が参加する我が社にとっての関が原、部長曰く、つーか毎回の決まり文句、「絶対にしくじってはいけないプレゼンテーション」。今回の試食会は営業一課が主催、なので二課の僕はヘルプ要員。

 朝のミーティング、部長の訓示。冒頭の挨拶、なぜか会議室の切れかかった蛍光灯の点滅チカチカに合わせて、お、は、よ、う。「今日のプレゼンテーションはし、しし、失敗が許されない。9回の表一死満塁カウント2−2、一球も外せないサヨナラの局面だ」なにがいいたいんだ?部長は続けた。「得意先に喰らいつけ!」。部長、声を一段を張り上げて「馬鹿になってお客に気に入られろ!お前らは出来が悪いが今日だけは許す…馬鹿になれ!俺も馬鹿になる!俺の営業テクニックのすべてを見せてやる!人の嫌がることはすすんでやってやる!ついてこい、俺の指示は絶対だ!よし、一本締めだ!お手を拝借、はあ〜」バララララン!一本締めはまったく揃わなかった。そもそも事を始める前に締めていいのだろうか…よくわからないが不吉な出発ではあった。


 「ガネーシャ」っているじゃん。インドの象の神様。試食会の会場のテーブルには食品業者の人がカレー=インドというイメージからもちこんだガネーシャの人形が置かれていた。テーブルにはスーツ姿のいかにもビジネスマンという感じの男性が二人。僕の横にいた部長が「あれが得意先の担当者か…お前はここで見ていろ。俺がキメてくる…まだ取引があるわけじゃないから媚びないがな…」と僕にいい、揉み手に軽やかなステップでテーブルに近づいていった。


 テーブルに隣接した部長はガネーシャに一瞥を喰らわせたあとでスーツの男性にくねくねしながら「あ〜ぁこれは土佐犬の人形ですねえ〜カレーに犬は入ってませんから安心してくださいね〜」というと、少し離れたところにいた作業着の男性をつかまえ、「は〜ん。なんでカレーに土佐犬なんだあああ。」と凄んだ。ちがいます!部長!営業一課の同僚たちが口々に声をあげた。声は悲鳴に似ていた。僕は部長との付き合いは七年になるので、これくらいのことは動揺しない。深く息を吸い込み目をとじるとマブタの裏には大河がゆるやかに流れている。僕は部長の非礼を謝るなどして冷静に対処していく。


 ガネーシャの人形を撤去させた部長は、これからが本番と、金剛力士象ばりに目をくわっと見開いてから、スーツの男性にカレーの味見をすすめた。部長は「あっ。なるへそ。いのいちばんじゃ食べにくいですよね。なるへそなるへそ。毒がはいっているかもしれないですし…ね。それじゃアタシが最初に手をつけて毒見をしますから、ね。それでイッテコイってことで是非是非」といい、ひとさし指をズボっと、これまたインド的な模様が描かれた容器にみたされたカレーに突っ込み、そこから抜いた指をすぼめた口にこれまた突っ込んだ。指をくわえこんだ部長の口は妙に紅色で野良犬の肛門によく似ていた。


 部長曰く「カレーだけにかれえ…」。静寂。きいいんとして耳が痛かった。部長は作業着の男性をつかまえ、「こんなかれえカレーはコシヒカリにはあわねえ」と耳打ちしていた。そのころには営業一課の同僚たちはほとんど泣くような声をあげていた。僕は部長との付き合いは七年になるので、これくらいのことではまだ動揺しない。つらいときに上を見上げると花吹雪が舞うなかを天使が飛んでいく。僕は部長の非礼を謝り、予備のカレーを持ってくるなどして冷静に対処していく。


 試食会は終わった。部長は俺は客に媚びねえと僕に言うとスーツ姿の二人組の前につかつかを歩いていき、よろしくお願いしますと絶叫して深く深く深くお辞儀をした。作業着の人たちは早々に退散していた。営業一課の同僚たちの姿はなかった。部長は、スーツの二人組に「コンゴ、コンゴNO、今後の、あかね、おかね、ちがう、おちつけ、お、おおお、おひきとりは、いかようになりますかね?」わけのわからないことを口走っていた。


 ただひとり部長を押し付けられた僕はスーツ姿の二人組が車に乗り込み走り去っていく終始を眺めていた。部長は車道に飛び出て車が見えなくなるまで、ヤンキーがハンドルを握るワゴンRにクラクションを鳴らされるまで、深く深く深く頭を下げていた。


 試食会の途中、僕と同僚は何度も部長に耳打ちして教えたのだが、最後の最後まで部長は食品業者からやってきたスーツ姿の二人組を得意先の人間だと勘違いして、修正できず。つまりスーツ=業者、作業着=得意先。僕は部長との付き合いは七年になるので、これくらいのことでは動揺しない。もちろん怒りもしない。怒ったら負け。淡々と対処すればいい。人の嫌がることをやる。有言実行の部長に振り回されたけれど、みんなでカバーして、やりきった。結果は神のみぞ知る、だ。


 不思議なやりきった感を四方八方に発散してご機嫌な様子の部長に早退の申し出をした。先日、早退届はだしてある。一応、声だけはかけておく。後々面倒だから。「祖父の病院にお見舞いにいきますので」と僕。百歳になる祖父は年末に倒れて入院している。部長はいった。白目が濁った優しい眼差し。「お爺さんは何歳になるんだ?」「ちょうど百歳です」「寿命だな。天寿をまっとうだ…」「え…」てめえ、なにいってるんだ、まっとうな神経してんのか?訝っていると部長は続けた。


「死んだら役所にバレないようにすれば爺さんの年金をいただきだな。おいおい、小金がはいったからって仕事へのモチベーションをなくさないでくれよお〜」


 部長との付き合いは七年になるので、これくらいのことで、ってアホか、瞬間的にブチ切れ、今回の部長の失態を猿でもわかるように事細かに教えてやり、最後に「みんなの足を引っ張っているのはあんたなんだ阿呆」と言ってやったが、ぽかんとした顔面をしていてどうもわかっていない様子。こいつ、どうすればいい?なにかの病気か?どこにつれていけば?


結局、僕と部長のトラブルは社長の耳にはいり報告書の提出を命じられて、午後11時。この時間まで報告書っていうか反省文をしこしこ書いていた。まあ、文面は弾劾文。怒らなきゃ負けってときもたまにはある。目に物見せてやる。I'm 課長 , Bitch!…ってカッコつけるのはいいけど、どうすればいいのだろう。七年付き合っても、つける薬が見つからない。