Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ゲロを売り払えと上司はいった


 一瞬、耳を疑った。4月4日月曜日のことだ。何を言っているのかわからなかった。エイプリルフールは終わったんだぜベイビー、冗談は顔と上着だけ作業着を着た非常時コーディネートだけにしてくれよ、なんて軽口が出てしまいそうになる、そんな僕は食品会社の営業課長。

 エイプリルフールは終わっていた。冗談でもなかった。営業、運営、総務の三部長は僕に「例の事業を売れ」と言った。ウチの会社、まあ他のところもそうだろうがいろいろ問題や個人的にムカつくこともあるがそれでもまだ身を置いている大きな理由のひとつ、やりがいのある仕事のひとつにお年寄りや障害のある人向けの食事、食材の提供がある。例の事業が指しているのはこの仕事だった。


 理由は他の仕事と比較してコストと手間がかかりすぎる、設定した数字が出ていないということらしい。実際、関わった人間の努力で数字は出ていた。対予算120パーセント強。それを武器に反論したが聞き入れられなかった。


 三部長の言い分としては予算は他事業と比べて低い数値に設定してあって部長会の設定した数字は対予算120パーセントでも十分な数字ではないらしい。厳しい状況なので会社としては仕方のない判断だ、生き残るために断腸の思いでやってくれ、そう言われた。


 会社は利益追求のための組織なので仕方ないのかもしれないが…四月からこの事業をやるために入れたスタッフの顔が浮かんだ。

「いつ、この売却話は決まったんですか?」と部長に質問した。
「先月の中旬だ」
「3月ですか?それなら早く言ってもらえれば人を引き抜かなくてもよかったのに」
「仕方ないだろう!大地震が先月起こったんだからよぉ。文句があるなら数字を出せよおぇぉぇぃ」
「だから出したっていってるでしょうが…そんな二重の数字を持ち出すなんてやり方をしなくても…しかも地震を理由にするなんて…」


 ここまで言って気が付いた。最初から低い目標、会社の足を引っ張らない程度の目標を与えておいて、目標をクリアしてもしなくても売り払うつもりだった、なにか誰もが納得するようなきっかけがあれば…それが先月の大地震だった…そう考えると、部長たちが予算を守れ予算死守といい、予算より数字が出ないように釘をさしてきたことに筋が通るように思えた。そして大地震…。そんなやり方は僕の法からいえばナシだ。


 部長はこうも言った。去年の夏に僕を怒らせたひとことだった。ゲロ。

「あの介護食っていうのか、手間ばっかかかって金にならないゲロみたいなもんから抜けて金になる仕事に集中しろ」


 告白しよう。僕も初めて介護食、刻み、ミキサー、ソフト食を試食したときはなにこの不味いの。色合いも見た目も悪いなって思ったさ。特養や老健や障害者授産施設への営業がいやでいやで仕方なかった。でも試行錯誤を重ねながら事業が大きくなるにつれやりがいや面白さみたいなものがわかっていった。


 なんていうのかな、僕のセールスしている食事は自由に動けない施設の人たちにとっては家庭の食事なんだ、僕らの食事しかないんだ、それを楽しみにしてくれる人がいるのならできる限り答えたい、こんな気持ちが僕の中で芽生えていき、見た目のいい、常食と比較しても遜色ない味と食感のある商品をつくろうとスタッフたちとやってきたのだ、それを…一緒に立ち上げて七年やってきた部長がいまだにゲロと呼ぶ事実が悲しすぎた。ウチの会社にはその分野でやっていく資格はないのかもしれない。それなら僕の手でしかるべき資格のあるところに売ってやろう。


「わかりました…売却先には心当たりがあります…ただしゲロというのは訂正してもらえますか?ゲロを売るわけではないので」

「ゲロはゲロだろ。それともゲロに見えないものをお前たちはつくりあげたのか…あん?あん?」


 何も知らないんだな、つってかえって冷静になった。一般的にはあまり知られてないかもしれないが一昔に比べてかなり味も食感も見た目もよくなっているんだよ部長さん、あんたの言うゲロは。近い将来お世話になるときがきたら驚くぜ。まあこの仕事が金にならないのは事実だ。なぜなら金を払う側、たとえば特養の入居者が経済的に豊かな人はいない、そこから貰える金額なんてたかが知れている。ウチのように利益を追求するところは難しいだろう。この事業の特性を理解しない事業者は参入してはダメだ。


 「せいぜい高く売ってくれ。金がかかっているんだ…」と部長はいい、続けて売却希望額を告げた。高かった。無理な額におもえた。ここで利益を出してどうするんだと言いたかったのをこらえて、「この額でなければ…どうなりますか?」と訊くと「廃止だな。異動できる人間は異動。そうでない人間の居場所はない…」といった。話は終わった。
 

 今、僕は売却先候補の会社の人と待ち合わせをしている。どうなるかはわからない。実際、自分で自分の首をしめているような気分だ。スタッフの処遇も含めて出来るだけいい条件を引き出したい。「今日のは美味しかった」「いまいちだった」。そう言ってくれた人たちのことを思えばやれる気がするし、やらなきゃいけない。そして全部片付いたら上の人間に言ってやるつもりだ。ゲロはお前だってな。そして、僕らが、俺らがやってきたことが無意味ではなかったことをわからせてやるために売ってやる。出来るだけ高く。