Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

この上司をどうあつかえばいいのでしょうか


 「提案しろ。さもなくば減俸だ」と部長はいった。営業部を強化するという名目で現場にいる社員・バイトのなかで営業マンとしてやれそうな者を挙げるよう部長から命ぜられたのは先週の仏滅の日。部長は営業部が弱い…早急に強化がしなければ…業務部・経理部・人事総務部・管理部・登山部との三つ巴のモンテスキューを維持するためにも…と加えた。いいことだと思った。現場の声を活かせるから。珍しく民主的に部長がどう思う?と尋ねた。皆が賛同した。部長の、オリジナルクールビズ、紳士服の青山製上着の下にダイレクトにお召しになったタンクトップの白さがやけに眩しかった。

 部長は続けた。「俺はどこまでもデーモン暮らしだ…」デモクラシー??「お前らが挙げた人材は神聖な営業会議の席上で多数決をとり上位を選抜メンバーとしその後本人に打診する…画期的な総選挙方式を採用するっ!」。誰かの「それAK…」という声は部長の「これは改竄…ふっ…そうだカイザンだ。カイザー!営業部新体制へのカイザンだ」という絶叫によって因果地平の向こうに飛んでいった。カイゼンです…そこにいた部長以外の誰もが、会議室から漏れる「改竄!改竄!」が他部署の人に聞こえるのを気にして、正したかったが取り付く島も大声で粉砕されてしまった。こうして、きたるべき喜劇に対する戦闘準備は完了したのである。


 今日の午後、特別営業開発会議がいつもの会議室でひらかれた。その場でトップの決裁をもらうため、部長が要請して社長も出席することになった。会議の直前、「俺は攻める…」と誰に聞かせるわけでもなくつぶやいた部長は、黒ペンを握りしめ、黒ペンのキャップを外し、黒ペンの先端を思いつめたような表情で見つめてから、ホワイトボードを振り返り、黒ペンを一閃した。それから「社長を呼びにいってくる」と思いつめた表情をコンティニューした部長は会議室から出て行った。残されたホワイトボードには「明日への光」という力強い言葉が、女子高生のような丸文字で書かれていた。


「えー!定ぃ刻にぃ〜なりまままったので〜ぐがっ!し、失礼」社長がいて高まったからだろうか、いつにもましてタンが絡んだ部長の言葉で会議がはじまった。社長から言葉をいただいたあと、いつもは、足を組みふんぞりかえって座っている部長が、立ち上がり、机に両手をついて、威風堂々な態度で切り出した。「なにか…あるか…」。会議室に集った営業部員ひとりひとりを10秒ほどかけてじろりと睨む。課長である僕が事前の打ち合わせどおりにトップバッターになり、「営業部員増員」の提案し、「営業部員候補者」を挙げた。金魚のフンのように他の営業マンもつづいた。「経理部のカナちゃん!」「湿布のクマさんが適任かと…」


「ふざけるな!!」


 突然、いい感じにノッていた会議室に怒号が響いた。社長だった。「これはなんだ?」誰も答えないので仕方なく「営業部の新体制についての提案です」と僕が言い終えるや否や「ふざけるな!」ふたたびの怒号。会議室が静まりかえる。「会社の…いや…営業部の置かれた状況がわかっているのか!予算未達成なんだぞ!」営業部全体で部長ひとりだけが予算を達成していなかった。それも7期連続。「それをなんだ?どうして営業部増員という理屈になるんだ?」いや、でも、部長からの命令なわけで…減俸までチラつかされてるわけだから…納得がいかない。


 誰かが社長に密告。部長からの命令です。あわれな奴め、とつぶやき、発言者を向いた社長の耳に、さらに誰かの密告がもたらされた。営業部を増員して強い組織にすると部長は仰ってました。あわれな奴め、とまたもつぶやき、新たな発言者の方角を向いた社長の耳に、さらなる誰かの密告がもたらされた。攻勢にでて新規顧客を獲得し会社内での立場を強化したいと部長は仰ってました。あわれな奴め、とまたまたつぶやいた社長の耳に、僕がいった。部長はカイゼンしようと仰っているのです。改竄、改竄叫んでいたのでカイザンといい間違えないように、しっかりカ・イ・ゼ・ン。


 社長は納得しなかった。つか部長、社長に事前に話を通してなかったのかよ。社長はいう。「俺から言わせればお前たちは人数を増やして楽をしたいようにしか見えない。営業部全体で与えられた数字を達成してから言え。しかも部長まで担ぎ出してこんな提案をしてくるとは…」いや、だからですね、数字を達成していないのも、この話の言いだしっぺも部長なんですよ。部長から話をきけばわかること、あれ?そういえば部長は?


 部長はいた。いつの間にか椅子に座っていた。陰毛が絡まったチョコボールのような頭を突っ伏すようにうなだれて床をみつめ、苛立たしげに指でテーブルをはじき、両足で激しく貧乏ゆすりをしていた。僕は声をかけた。「部長…?」社長はいう。「見ろ。部長は俺からお前らを守ろうとして頭をかかえてらっしゃるじゃないか」「部長。部長…!」部長は聞こえないふりをして小刻みに揺れるばかり。こいつ、こんな子供じみた真似で逃げ切ろうとしているのか…。「部長!なんか言ってくださいよ」。揺れる部長。「見苦しいぞ」と怒り増すばかりの社長。部長ェェ。


 社長の怒号と罵声が響くなかで、下を向いたまま震えている人間を見つめながら、僕は、なかば本気で、こいつの頭の中身をカイゼンしなきゃいけない、いや、もう良くする必要はなんてないわ、そんな時期はとうに終わっている。カイザン。カイザンしなきゃいけないと思った。社長からは思いっきり絞られた上に明日までに顛末を書面で出すように命じられ、今書き終えた。早く帰宅して「シュタインズ・ゲート」(XBox360)で遊びたかったのに!つーか、部長、どう扱えばいいんだろう。僕も37歳。いいかげん疲れてきたよ。