Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ぼくのなつやすみ


 ゆとり世代の腹田君は期待の若手営業部員だ。「新卒時に500社まわったがどこも自分の居場所じゃない気がして『全社自分から蹴り』、一年間定職につかずスーパーフリーな立場で大学のテニスサークルに残り自己研磨していた」気概を面接を担当した部長に買われて入社した逸材。「刃の鋭さが仇になってどの会社からも敬遠された若い頃の俺によく似ている…」と濁った目を細める部長に、ヤング部長に酷似…僕が一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。

 僕の懸念などよそに、腹田君の営業部員としての仕事ぶりは、意外にも優秀だった。やたら「ぶっちゃけチョーやばいっす」と言って「仕事上危機困難に直面しているが鋭意努力して遂行中」をアピールするのが鬱陶しいのをのぞけば駆け出しの営業部員としては合格点だった。


 だった、と過去形になったのは、休日出勤の際、さいわい同僚に見つかり未遂に終わったが、女子大生の彼女を会社につれてきたからだ。僕が注意すると「すみません。反省してます。いや、でもぶっちゃけ本来休みっすから〜。あ、でも女はヤバいっすよね、男のダチならいいっすか?」と反省しているかいないのかわからない態度をとり大層僕はイラついたので、いつかその彼女のアナルのシワをカウントしてやろうと思いました。部長は部長で「女か…仕事を知る営業マンは女をよく知っている。奴は最近珍しい骨のあるタイプだな。俺が虎なら奴は西表山猫」となぜか暖かい目。脳が溶けたのかもしれない。


 夏がきた。ウチの会社の夏休みは5日間。それぞれが自由に申告してバラバラに休むシステムだ。もっとも、自由といっても、完全な自由であるわけでなく、仕事の進行具合や部署全員がいない日がないよう調整し、なおかつ職場同僚等さまざまな空気を読まなければならない。そのうえでの自由だ。しかしゆとりは空気に鈍感だが自由には敏感、腹田(敬称略)は、うわっ自由っすかラッキ、と小躍りし、いの一番に夏休みカレンダーに休みマークを記入していった。案の定、絶対にしくじってはいけないクライアントのパーティーと腹田夏休みは当たっていたので修正させた。「ぶっちゃけ課長のジョークキツいっす」。ジョークじゃないっつーの。


 で、時は経ちお盆に、って、お盆のような誰もが休みたい時期に空気を読まずに休みを取ったことすらムカつくのだが、そんなお盆の夏休みを過ごした腹田が出社するなり「夏休みをエンジョイ出来なかったので夏休み再取得したいっす」と言い出したので唖然とした。


 いや、ちょっと、仕事の進行や皆の休みのスケジュールもあるから勝手は許さない、そもそも夏休みは終わってるだろ?と言うと腹田は、それでは、とかしこまり、ぶちまけて発言しますと既に取得した夏休みは夏休みの目的である「休養及び気分転換」を達成できなかったため年休扱いにして、新たに夏休みを取得しようと思います、という意味内容のことを友達感覚のフランクな調子で言ったけれど思い出すだけで苛々するので丁寧な日本語で記述しました。腹田は僕の言い分を聞かず夏休み明けでぼんやりしている部長の許可を得ると錦の御旗をふりかざすように「部長の許可もらいましたからっ」と大はしゃぎ。


 翌日。午前。腹田は本当に二回目の夏休みを取得した。なめやがって。許さん。怒りの電話ピポパ。もしも〜し、女の声。ムカつく。「彼、今ゎ車の運転チューで手がはなせないんですけど〜高速に乗って海に向かってるのー」ムカつくあまり「チューいいなぁ〜。若い人は僕みたいなおじさんが仕事しているときも昼夜乗ったり乗られたりで忙しそうだなぁ」と皮肉ったら「そうなの〜なんで知ってるの〜」…。虚しくなって即座に電話を切りました。いつからかセミの鳴き声がやんで、しん、という静寂があたりを包んでいた。


 昼過ぎに腹田から電話があった。僕は、ふざけんな、何様だ、ヤリチン、机捨てんぞ、烈火の如く怒りをぶちまけた。うぅ。腹田がうめいてる。泣いているのかもしれない。やりすぎたかなあ。辞めちゃうかな。前途ある若者が潰れる姿は見たくない(^^)。


 僕の予想は見事に裏切られる。「課長、ぶっちゃけ急な旅行なんで明日からのホテルの予約が取れてないっす。課長、今会社っすよね?あとでお礼はするんで会社のパソコンでホテルさがして予約してくれませんか?」ラストのくれませんか?に「くれませんかぁ?」と女の声がハモる様をまるで水中で聞くように聞いた。ゆとり…恐ろしい。


 インターネットで心霊スポットになっている廃ホテルを調べてふたたび電話。ホテルの名前と所在地をクールに告げ、「腹田君の名前で予約を入れてあるから他のホテルを探すことなく日没まで恋人と海でたわむれてから当該ホテルに向かってくれ」用件だけ伝えて電話を切った。闇夜にゴーストの囁きを聞くがよい。ジェネレーションエックスの恐ろしさを思い知れ。


 そしてさらに翌日。ゆとり腹田に悪影響を受け、新人がいいならと部長をはじめとする営業部のメンバーは自由を謳歌するかのように休みを取得し会社には僕ひとり。電話の腹田は、「ぶっちゃけカチョーのジョーク超キツいっす」と笑ったあとでこう言い放った。


「俺って必要悪っすよね?」


 必要悪?てめーが言うなと言い返す気力もなく人間が消滅した営業部を僕はただ眺めていた。セミの声は一切聞こえず、受話器から腹田の声だけがからから聞こえた。一匹のミンミンゼミが窓枠に張り付き静寂を引き裂いた。その鳴き声は「みんなみんなさよならみんな みんながんばってみんなみんな大好きだよ」と言ってるようで。ぼくが夏休みをとれる目処はまだたたない。ゆとり恐い。


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