Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

幼児化する会議

意欲格差と生まれながらの営業マン

 社内レコードを上回るハイペースで早くも今月三回目の月次定例営業会議の冒頭、仕事の出来ねえ部下のせいで鬱になった…とぼやく部長から、調子はどうだ?と訊ねられた新人君が「やる気がおきません」とさして悩んだふうでもなく答えたので僕は焦る。新人君は部長を知らない。ほぅ…俺のチームにやる気がねえ奴がいるとは…鬱がひどくなるな…とつぶやく部長の顔面が赤黒く変色していく。次の瞬間。「やる気のねえ奴は帰れ!」鳴り響く部長の怒号。拳がコークスクリュー気味に罪なき机とホワイトボードにうち下ろされる。震えるパイプ椅子。蛍光灯の光を散らしてぐらぐら揺れるボード。光る鬱。


 周りを威嚇するよう睨み付けながら秒速5センチメートルで移動しホワイトボードの前で静止した部長は、ペンをつかむと叩きつけるように「家」と書いた。それから僕らのほうを向き、「やる気がねえ奴は家に帰れ。営業は仕事がとれるかどうか客とやりあう仕事だ。やる気がねえとやられる。俺はここ数年、週に一度しか殺る気にならない…やる気がないときは昼間から家に帰り、やる気になるまでよぉ、爪切りでよぉ、爪を磨いている…」。会議室騒然。「9時から14時毎日8時間行儀よく働くお人形ちゃんに用はない…俺は…」部長はテーブルに置いてあった鳩サブレーを両手で目線の高さに掲げ「そのへんの話はわかる男だ」言い終えると同時にはと鳩サブレーの首をへしおった。鳩サブレーからは乾いた音がした。誰かが、サブレーとサボりをかけてるのかなと言ったとき、当の本人、部長は聞こえてるのか聞こえていないのか、壁に掲げてある先代会長自筆の社訓に深く深く一礼していた。


 「部長は生まれながらの営業マンなんですね」新人君が言うと部長が「生まれながらの営業マンだと…?」と聞き返した。なぜか不機嫌。危険を察知した営業部全員が、さながら猛獣が現れた瞬間の羊の群れのようにいっせいに同じ方向を向いて騒ぎ始めた。生きるために。「生まれながらの営業マンです」「ザ・営業マン」「ネクタイがノドから生えてます」。部長は【笑っていいとも】のタモさんのように手を振って騒ぎを断ち切り羊たちは沈黙。それから「俺の役職を言ってみろ…」と新人君に詰めよりはじめた。「…部長です」「そうだ俺は部長だ」「部長です」「俺が部長だ」。僕は事態を収束させるべく大きな声を出した。「部長は生まれながらの営業部長です!」「そう、俺はBUCHO。仕事のできる男は上司を敬い発言に細心の注意を払う…ましてや役職は名前以上に重要だ…」。このままでは新人君は部長に意味嫌われ会社で居場所を失い汁男優まで身を崩しかねない。何か言え。新人君の足を蹴りながら小声でけれども真顔で僕は声を出した。「何か言え。部長が気に入るような内容の言葉を小学生でもわかるような言い方で」。

顧客を見抜くたったひとつの数字

 新人君が部長に尋ねた。「営業をやっていくうえで常に意識している数字はなんですか」。部長自ら、営業経験を重視して臨んだ面接で中途採用された新人君には営業経験がない。部長は「数字か…本来は教えないが読売ジャイアンツの優勝がなくなって俺はヤケクソだ。お前ら挙げてみろ」と話をふってきた。「売上だね」「いや利益だろ」「在庫量も意識しないと」。次々と挙がる意見、を打ち消すように部長がウィスパーボイスで囁き始める。違うな…違うな…。「お前らの目は節穴か?営業マンが押さえるべき数字はたったひとつ。わかるか?」目線を走らせる。「わからないのか?」挑発するように、細かく頷きつつ口内にあるはずのないガムを噛む仕草をしながら部長は問うた。「いつでも、その数字さえ見れば、あらゆる不確定要素と予断を排除して顧客を見られる数字だ。本当にわからないのか?」


 売上。利益。在庫。人件費。製造原価。年齢。あらゆる数字があらわれては、お前本気で物を言っているのか?仕事に対する意欲の低さがそういう答えを吐かせるんだ…、といわれて部長に撃墜されていった。仕方ねえ、といって部長が出した解答はそこにいる全員を驚かせるものだった。「消費税だ」。えっ!という驚きの声を無視して話は続いた。「消費税は絶対ぶれずに5%。案件ごとに利益率は違うが消費税は5%。日本は5%。青森も5。神奈川も5。つまり消費税を見れば売上が算出できる…。ときに消費税の扱いが殺る殺られるの境目になる。とある案件、外税で提示した金額に難色を示した顧客を口説き落とすために機転を利かせて、金額そのまま内税扱いにしてやったら落ちた。請求する段階でわからねーと思って外税扱いで請求して送ったらクレームをつけてきたのでどの顧客との取引はすぐになくなったけどな」。開いた口が塞がらない。

部長はもしかして天然ですか

 新人君の口から漏れた、部長もしかして天然ですか、という言葉が静まり返った部屋に響いた。部長が声のする方を見る。終わった…昨夜妻と食べたミスタードーナツのオールドファッション大変お美味しゅうございました…。部長はなぜか笑っていた。壊れたか。「そうだ俺は天然だ…本物の天然だ… 気に入らない奴、俺の思い通りにいかないことをいう奴は上司だろうが客だろうが噛みつく…頭からガブリとな。ヘッドハンティングだ!」罪のない机を叩く。頭をへし折られた鳩サブレーが床に落ちていく。やばくね?誰かが囁くのが聞こえる。部屋中が夕焼けで発光している。


 部長は続けた。「事実、商談中に俺のことを畏怖してだろう…、真正面から訊いてくればいいものを情けねぇ、『笑い話ですが』って女々しく言い訳してからよぉ、俺のことを天然かどうか尋ねてくる輩は多い…。」「そのとき相手はどんな顔をしてますか?」「ちょうどお前のように白い歯を見せていた…戦いの最中に笑うやつは負け犬だ…。俺の天然ぶりはドーベルマーンでない負け犬でもかぎつけられる…滲み出てしまうもんだな…隠せねえ…。以前は天才といわれたものだが…」話は終わった。天然を野生化、ワイルド、一匹狼、狂犬という類いのものと勘違いしているっぽい。天才って天の災いのことなんじゃ…、新人君の言葉に応じる者は誰もいなかった。「俺はお前らの先頭に立って走る。お前らのコンプライアンスを根こそぎ払拭してやる」と部長が叫び次回の開催日のみを決定して会議終了。


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