Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私はコレで社長にキレました


 この会社の話は今とは違う時間此処とは違う世界のお話であることを最初に申し上げておく。創業半世紀にならんとするその会社は堅実すぎるくらいに手堅く経営してきたが昨今の不景気にのまれ苦しい状況にありました。この秋には顧客への対応のマズさから解約が続いています。解約にあった顧客は売上の10%を占めており正に火の車でありました。


 社長は呑気なもので秘書課のマドンナ(58才)の話によると解約の報告を受けたときも「別にいいんじゃね。次に頑張ればいいし」といってサボテンをもふもふ撫でていたそうです。社員は驚きました。驚きます。社長の変身に驚きます。以前の彼であれば担当者に降格減俸などの厳しい処分を下していたでしょう。仕事でしくじった者へ厳罰を与えるにとどまりません。とある者は社長賞を受ける当日に緊張のあまり体調を崩して欠席。その欠席を理由にプラス査定はなくなったといいます。またある者はポマードが臭いのを理由に異動させられたといいます。


 読書と酒が好きな社長は昨年から山登りに夢中です。山本山山本山酒という週サイクル。もしかすると雄大な風景を見ているうち優しさや温厚さが芽生えてきたのかもしれません。社長が社員の一部と山登りに興じているのは周知の事実でした。その一部社員たちはその他の社員たちは偶然と信じていますが件の解約された顧客担当者たちでした。解約の理由原因を追及しないこともあわせて、もやもやした気持ちがなかったといえば嘘になります。けれどもドメスティックだと思われるでしょうがワンマン社長の采配ひとつで半世紀生き延びてきた会社です。多少の贔屓は日常茶飯事なのです。ある一線。それさえ守ってもらえれば。会社のなかにはそういった空気が流れています。しかし今から私が申し上げる事態は社員の思惑を越えていました。


 たとえば以前であれば会議中やミーティングの最中に社長が入ってきて独断で何かを決めることがあってもあくまで業務上仕事上のことでした。しかし今は社長がその打ち合わせに入るや否や「早く終わらせて週末の話を詰めなければいけない」といって山仲間社員の打ち合わせからの解放を要求したり自ら音頭を取り勤務時間内に会議室に山仲間社員を集め週末の山旅行の打ち合わせをする始末。頼みの部長は社長が現れるとたちまち尿意を催して席を立ちます。社長は山登りチームのエンブレムを考案して会社中に評価をきいてまわるに至りました。エンブレムがApple社の林檎に酷似していても指摘する人は一人としていませんでした。


 一部が恩恵を預かっていると知りながら(社内では「大自然の恵み」と皮肉られていますが)その他多勢の社員たちは一線を越えていないと信じていました。なかにはあの独裁下よりはと以前よりも緩くなった社内の風紀を歓迎する者もいたくらいです。それもあくまで一線を越えていないことが前提でした。悲しいことにそんな社員たちの諦めにも似た願いは裏切られてしまうことになるのですが。


 今朝課長である僕のもとにひとつの命令が降りてきました。部長を経ず社長室から直接の命令です。内容が内容だけには具体的な表現は避けますが抽象的な表現だと伝わらないので写実的表現を用いて端的に記述しますと苦しい経営状況から本社スタッフについて考えなければいけないが考慮対象になりうる者を理由とともにセクショナリズムを越えて挙げてほしいというもの。リストラ。厳しい状況なので成果を出していない人に何らかの手が入るのは仕方ないと思う。頭にきたのは件の解約に関連した者たちは外すよう命令されたことだ。これは一線を越えてしまっている。人の評価は難しいものだがスタート地点で特例を作ってはならないはずだ。ましてやマイナスにせざるをえない可能性が高い者を外してなど…これは一線を越えている。


幸いなことに僕は社長に気に入られているようだ。新婚早々に会社での立場をわざわざ危うくすることはない。大自然の恵みの蜜は限りなく甘い。けれども対岸の火事として見逃すのは性分にあわない。取締役課長として勝ち目の薄い戦いを仕掛けるか見切りをつけて辞めるか。二つに一つだ。まあ腹は決まってる。勝ち目をどう上げてやろうか。中途入社の僕は所詮外様。失うものはあまりない。大自然の恵み?クソくらえだ。


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