Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

このままじゃ私が壊れちゃうと妻はいった。(私の異常な結婚生活)


 妻は結婚当初より寝言が多かったが、年末からその内容が「ここには私の居場所がない」「壊れちゃう」というような不穏なものになり、かつ、泣きじゃくるときもあったり、言動の記憶がまったくないというので、以前不眠でかかった心療内科に僕ひとりで相談にいった。ムソルグスキーの「禿山の一夜」が流れる待合室で名前を呼ばれ、熊のダッフィーの大きな人形を抱えた青年と入れ替わりで診察室に入る。


 今朝、義理の母に妻のことを電話で相談してみた。義母は僕の「実は寝言が…」の「寝」の字にかぶせるように「あの子の寝言のことでしょ」と言ってくる。千里眼か?千里眼ではなかった。訊いて驚いた。妻は子供の頃から寝言が多くまるで話すような寝言であったこと。泣くこともよくあったこと。不穏な内容の寝言(義母は「死んじゃえ」と言われたこともあるらしい)もあったこと。そのような言動の記憶は妻にはないこと。義母曰く「また坊主にしたの?何回目かしら」というふうに坊主、体重の増減はしょっちゅうであること。そのようなことを義母から教えられた。義母は言う。「でも大声を出したり物を壊したり迷惑はかけてないでしょ。寝ぼけだから、仕様だから、気にしなくてダイジョーV」ダイジョーV。義母の言葉は偶然にも妻がプロポーズを受けたときの言葉と同じだった。でも病気だったらどうするんだよ?今まで病気に向かってないだけだったらどうするんだよ?「おさまってもまたはじまるから〜」。SOSじゃないのか?義母の能天気が僕の不安を煽る。


 義母から聞いた話を踏まえて医師の質問に答えるかたちで話はすすんだ。妻の症状にはじまり、結婚の経緯(お見合い)や仕事の内容(僕営業、妻秘書)から、家のつくり(築百年ほぼ二世帯化)、家族の日々の行動(高度な柔軟性をもって臨機応変に対応→自由)まで。「それでは奥さんは自分の意思で旦那さんの実家へのお姑さんと暮らすことを選んだのですか?」やはり嫁姑間の緊張関係が原因か。まあ、そうだよな。


 「そうです。当初僕は別居を提案したのですが。せめて新婚のあいだだけでもと。この正月も別居を提案したのですが妻が家族がバラバラになるのを嫌がりまして…。なにより妻は自覚症状がないせいか、僕が別居の提案をしてくる理由がわからずに戸惑っていました。どうすればいいのでしょうか」と疑問の形で別居の効果について尋ねると、奥様が望むならいいかもしれないが…今回は悪いほうに出るかも…保証はできませんがご夫婦で決められることならうまくいかなくても…と奥歯に挟まったようなことしか言わない。


 「奥様が別居を望んだことは?」「一度もありません」「それなら別居はやめておいたほうが無難ですね」あなたにとって無難なのではと訝っていると「お姑さんへの不満は聞きましたか?」「それが本当にないんです。毎晩その日あったことを話し合うことにしてるのですが…僕に対する不満はあっても母に対しては聞いたことがありません」。ないはずがない。完璧な人間関係なんてどこにもない。僕だって妻がエアコンの効いた部屋のドアを開けたままにするのは超不満だがそれを不満として表に出すかといえば否だ。皆ベターを捜してベタベタしたりしなかったり出したり引っ込めたり試行錯誤して生きている。妻が「ない」と言うとき、そこには妻の「ない」という意志と理由があり夫の僕はそれを尊重すべきだ。そして僕は妻の「言え「ない」」を見逃さないような夫にならなければならない。まだまだ未熟で申し訳ないけれど。僕はもっと努力しないといけない。


 「ご主人への不満とは?」医者の眼光が鋭すぎる。まさか僕が探している妻の敵は僕なのか。「インポテンツについての不満はあるかと思いますが言いませんね。インポよりも…」「性的不能よりも?」医者の促しぶりに苛つく。「最近は僕のイビキへのクレームが。」「ひどいのですか?」「工事現場みたいで眠れないと言われました。部屋を追い出されそうになりましたし、秋頃でしょうか、騒音に耐えかねた妻が就寝中の私の顔面にウェットティッシュを置いたこともあります」「危ないですね。死にますね」「ええ危なかったです。いいんですそれくらいで死ぬならそれでも」


 そんなヒアリングを経て医者は「奥様も子供の頃から寝言が多い方のようですし、暴れたり大声を出したり人に危害を与えているわけではないのでしばらくはご主人が話をよく聞いてあげてください」なんて言うので、心療内科なんてこういうものかもしれないが、納得がいかず、「確かに寝ぼけているだけかもしれませんが、妻の、あの、切羽つまった感じ。僕には尋常には思えません」というと、「もしかすると悩んでいるのはご主人だけかもしれませんよ。ご主人がしっかりしないと」などと僕の背中をばっさり介錯するようなことをさらりと言う。


 僕はたまらず深夜の部屋の様子を録音したレコーダーをノー編集で再生した。そこに記録されていたのは「工事現場のような」僕のイビキ。医者は、これでは何も聞こえませんとお手上げの様子で「お話を伺うとご主人のイビキが奥様の不調の原因のひとつと考えるのが自然でしょう。くれぐれも奥様の話をよく聞いてあげてください。それでは一週間後に」と言って知り合いの耳鼻科を紹介したのである。


 ノドチンコにすがる思いでイビキを治そうと思う。妻のために。先は見えないけれどイビキが僕らの敵であったら、レーザーで切除できる僕の気管を塞ぐものが敵であったらどんなに楽だろう。イビキと一緒に、妻にかけるべき言葉を発せられない役たたずの喉を治してくれればいいのに。イビキ治療後、炎症のために二週間程ディープスロートをはじめとする性的なあれこれが出来なくなってしまうらしいが、もし僕の妻に優しくない喉も治してもらえるなら、それが半年や一年でも全然かまわない。


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