Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

会社という無理ゲー


 私事で恐縮であるが先月末をもって約十年間大変お世話してきた部長が惜しまれずに定年退職となった。なお、本人の希望に背き送別会の類いは催されない。それに伴い本日二月一日付けで営業一課、二課、四課は社長直属となる。三課が存在しないのは社長がアンチ長嶋茂雄だからだ。


 社長は気難しい上に新しいもの好き。先日もプライベートでツイッターを開始。社長ツイッターアカウント取得情報を得た総務課長の動きは早かった。稼働数時間後には全本社スタッフに極秘通達メールが出された。内容は「社長がプライベートでツイッターをはじめられた。従業員各員は即フォローをすること。身分が露見しないように注意すること。なお、フォローによりなんらかの不都合が生じても会社は関知しない。但し社長のプライドを考慮して社長よりフォロワーが多い者についてはフォロー免除とする」 社長のフォロワー2。あまりにも無理ゲーすぎた。


 ウチの総務は対社長の作戦行動動がはやすぎる。いつからだろうか。総務の新人のタスクに社長ブログの更新チェックが追加されたのは。いつからだろうか。社長のブログが更新されるとコメント当番の社員に総務から連絡がいきわたり賞賛コメントが書き込まれるような社内システムが作り上げられたのは。対社員作戦は本業以上に本業。更新チェックが数時間遅れた新人君が総務部長及び課長から説教されている場面に遭遇したこともある。


 コメント当番は課長以下の社員に曜日ごとに振られている。僕は他の数名と月曜日担当。偽名を使っているのでコメント欄で見かけても誰なのかはわからない。「巣鴨のセクシー女子大生さん」は総務のタカモト(55才独身)だと思うが確証はない。ただ、モニター越しインターネット経由で社長が総務の薄毛男にアプローチする姿は見たくなかった。正直、社長のバイク、山登り、魚釣りといった趣味活動に賞賛コメントをつけるのは苦痛。僕も美術好きマダムとなって、いちいち、「いつかご一緒したいです」とコメントするのに疲れた。まるでダメなマトリックスだよキアヌ・リーブス。せめてランダム更新はやめていただきたい。無理ゲーすぎる。


 問題は人工的な盛況をみせているプライベートブログに気をよくした社長が事業にブログを活用しようと言い出したこと。社長の根拠はこうである。「俺のブログは始めた当初からレスポンスが凄い。たいしたことを書かなくてもコメントがガンガンだ。時代はブログだ。ブログで商品を売ればガンガン売れるにちがいない。ムーブメントを起こせる。ガンガンだ」 その日のうちに公式ブログが立ち上げられ味気のない「オニギリ用海苔」の画像と商品説明がアップされた。レスポンスはなかった。テコ入れとして我が部長により「軍事に転用可能です」の一文が付されたが結果は一緒だった。以来、己のブログの人口的盛況だけを根拠にした社長の社長による社長のためのテコ入れがなされたが軍事用おにぎり海苔の受注はゼロ。公式ブログはひっそりと閉鎖。無理ゲーすぎた。


 部長定年退職に伴いそんなワンマン社長の直轄となった我が営業部。今朝の社長の訓辞は衝撃的であった。「あのさあ、なんで部長にもっと早くヤメてもらわなかったの?」震えた。今なんと?「だからさぁ。ブログもダメだったし全般的に仕事出来なかったじゃん部長」会議室が、しんとして耳が痛いほどでした。僕は吐き出したタメ息の行方を追うふりをしながら、「俺は…社長の左腕だ…」と自負していた在りし日の部長を思い出していた。「だからさーなんで早くヤメてって部長に言わなかったの?」ドSCすぎる。「本人に言えないなら俺に言ってくればいいじゃん。何で営業はここ5年で18人一年持たずに辞めていくんだよ。おかしいだろ。管理できてないだろ」何度も上申したはずだった。そのたびに上に揉み消されていた。


 「お言葉ですが」僕は口を開いた。「そうまで仰るなら社長ご自身で部長を処分なさればよかったのでは」「フミコ課長」「はい?」「命拾いしたな。今日の午後は新しいバイクが納車されて俺の気分は良好だ。なんで言わないの?言えないの?内部告発ってムーブメントじゃんよムーブメント。本人に辞めてくれと言うだけじゃん。会社を良くするためには上司も部下もないだろ。それに…」それから社長は驚くべき言葉を続けた。「社長の俺からみたらみんな部下なんだから」「ですからそうまで…」僕の声を遮って「だからさー。カワイソウだろー俺が部長にダメ出ししたら。俺が言ったら最終決定で覆らないんだぞ。それに…だ」「はい?」「俺に悪役になれと言うのか?そんな面倒くさいのは嫌だ。以上」無理ゲーすぎる。


 フォロワー数2のままの社長のツイッター。フォロワーの一人は定年退職した部長だった。ただ哀しい。なお、部長本人の希望に背き送別会の類いは催されない。


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