Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

父の自殺と焼肉


 彼岸前に墓参りにいったらオヤジの墓前で母にあった。年末に家を出て以来だから実際にたいした期間顔を見ていないわけでもないが、なんだか久しぶりな気がした。「元気なの?」「まあね。その節はお世話になりました」「お世話しましたー。お父さんも突然死んじゃったのに」オヤジは20年前に自殺した。40代だった。あのときから僕ら親子は親子というよりは戦友のような関係になったのかもしれない。『死んじゃった』なんて明るいトーンで言えちゃう母はわりと早いうちに父の自殺を消化していたようだ。


 「あんたも家を出ちゃって、まあまだ私の体が元気で動くからいいけどさ。動かなくなったときのこと考えておいてよね」動かなくなるなんてーとへらへら笑って余裕を見せる僕を的確にジャブを当ててコーナーに詰めてくる母凄すぎ。圧倒されながらの僕は、考えてるよーと苦し紛れのパンチを返すしかない。「じゃあさ、テレビで独り暮らしの年寄りが狙われ襲われ殺されるのを見たりしてどう思う?少しは母さんを心配する?」してるよ。これは本当だ。線香の煙がしみる。そして母がこれは僕にだけでなくオヤジに話しているのに気付く。母のことについて僕はもっと考えなければいけない。人並みより。少なくともオヤジ分を加えたくらいには。


 肉親を理由がわからないまま自殺で喪ってしまった僕らの背にはうるさく羽ばたく羽根みたいな後ろめたさが貼り付いていていて、ちょっとした会話、たとえば以前なら「おばあちゃんお風呂でウンコもらしてもゲラゲラ笑ってたよねー」とゲラゲラ笑いながら故人を振り返ったものだけど、あれ以来はなんだか場にそぐわない感が充満してしまって、たぶんそれは自殺の理由がわからないというやりきれなさや割り切れなさや後悔から来ている。僕の手、私の手が届かないばかりに…という。当時の悲しみにうちひしがれている自分を裏切りたくないっつーか。


 でも実際は忘れていくものであり薄れていくべきものなのだ。僕がうまくやれなかっただけで。オヤジの年齢に近づいて、なんとなくわかるような気がする。『そうだ 京都、行こう』的な『そうだ 死んじゃおう』感。首にロープまわした時点でストッパーがかかるかどうかは紙一重だよねーと口先では言いつつ、ストップとゴーの隔たりの大きさを感じていたのだけど今はマジで紙一重だと思う。そのボーダーは特別なものではなく普通の人間が越えられてしまう普通のものなのだと。こんな風に考えられるようになったのは、悲しいという感情。そういう感情をいれた入れ物、制御不能の感情ゴンドラが動揺と混乱によってぐらぐら動くこと。それらが時間をかけて分離できてきたのだろう。だから僕はあのときの自分を裏切ってるわけでもないし、オヤジ亡き時間を「こんなふうじゃなかった…」なんて愚痴る裏切りには走らない。死はどんな手段であれつまるところ死なのだ 。オヤジの影に自分の手が届かなかったのではなく届くはずがないのだ。


 なーんて消化しつつある僕に母親が今までに言わなかったことを言う。「じゃああれはどう思う?」「あれって?」「罪を犯したわけでもない人が、いや罪を犯した人もかもだけれど、人が自殺したことを雑誌やテレビが無関係の一般ピープルに伝えること」「意味わからないっす」「うん。まあ自殺しましたはわかるんだけど…どう自殺したのかなんて必要?首吊りでした。切腹でした。飛び降りでした。そんなのを必要としてるのは誰?あんた法学部出てるのだからわかるでしょ」法学部関係ありません。まあでもそういうのを求める種類の人間はいるものだ。説得力を持たない法学部のアラフォー。「そんなことはわかっているんだけど…」と前置きをした母の言葉は衝撃的なものだった。


 「私はね。お父さんと同じやり方で死んだ話を聞かされるたびにお父さんが」母の感情ゴンドラが揺れていた。「同じことを繰り返しているような気分になって凄く嫌だ。あれ本当にやめてほしい。せめて私のなかでは一度だけゆっくり死なせてあげたい」時間をかけて薄い皮を剥ぐように切り離していっても、一瞬で追い付いてくるものが母のなかにはあるのだ。母の僕の誰の手も及ばないものが。


 墓参りのあと、今日だけは辛気くさい気分や懐かしいお父さんの思い出に浸りましょうという母親のリクエストで焼肉屋の90分食べ放題、アンミツ、トコロテン、映画レミゼラブルをハシゴ。そんな母の気持ちも母の言ったことも同列で僕にはわからない。たぶんこれからも食べ放題のカルビの皿と同じように父の死、父の自殺は何回も追いかけてくるだろう。でもそれでいい。自分の手が届かないものわからないものを諦める嘆くのではなく受け入れていくことが生きるということなのだ。受け入れることに時間がかかってもそれでいいのだ。喰らうしかないのだ。


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