Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ボクの会社にモンスタークレーマーがやってきた。

 「お願いします。課長しか頼れる人がいないんです」。数日前の昼休み。本社休憩室。事業部の有望若手社員Nの声は切迫していた。有望な若者は好きではない。冷やかし半分で理由を訊く。ある顧客が厄介で、対応した事業部の連中は皆討ち取られ、なかには精神をおかしくし出社するなり吐き気を催すものが出始めるなど被害は増すばかり、ほとほと参ってしまった、Nによるとそういうことらしい。件の人物は畏敬の念をこめてこう呼ばれていた。《営業キラー》。

 巻き込まれたら面倒くさいし、事業部とは普段それほど良好な関係を築いているわけでもないので、これも修練の場だと思って頑張ってくれ、と言い立ち去ろうとした。するとNは、この問題が解決できたら、と前置きしてから、関係各位に迷惑がかかるのでここでは学校名は伏せ仮にFとさせていただくが横浜市に本拠を置く本格的女子大学、フェリス女子学院大学に通学する女子大生とコンパを開催するので課長もいらっしゃいませんか?と言う。数秒の沈黙。沈思。妻、女子大生、手料理、コンパ…精神の天秤が片方だけに大きく傾いた。「課長?」「論ずるまでもなし」。こうして僕は後進を助けたいというピュアな義憤から営業キラーと対峙することになったのである。


 営業キラーがやってくる当日になってNが親戚の不幸で会社を休む。「すみませんカチョ〜」という軽い言い回しに反省が見られない。まあいい。許す。フェリスとの折衝に全力を尽くしてくれ。Nから渡された営業キラーの名刺を手にとってみる。社名の下に見たことがない男の名前がそこにはあった。役職は営業担当顧問。受付から内線。「課長お客様です」。今思えばここが地獄とのボーダーラインだったのだけど。


 営業キラーは応接室に通されていた。応接室から、お茶を出し終えて出てきた総務ガールが哀しげな顔で僕をみて首を振った。人間はあんなに哀しい顔がつくれるものなのだろうか。相手は化け物か。僕は一呼吸いれてドアをノックした。すると開けようとしたドアからトイレで「ウンコしてま〜す」をアピールするときのごときノックが。(トントン)。「あの〜」(トントン)。(トントントン)。「いいですか〜」(トントントン)。(トントントントン)。不毛なノックの応酬。相手が必ず僕よりも一回ノックが多いのが負けた気がして若干悔しかったが時間は大事。僕はドアを開けた。


「久しぶりだな…」よく知っている声。よく知っている人物がそこにいた。元部長、定年退職した元上司。自称「営業の狂犬」。定年退職する際に部長が残した言葉を僕は思い出していた。「今度会うときは……客だ」。まさか本気だったとは。こいつが営業キラー…謀ったな、N!


 「久しぶりだな課長…2年ぶりになるか」「4ヶ月ですね厳密に数えると」「2年なんて…あっという間だな」相変わらず違う世界線を生きていらっしゃる。名刺交換。「あのどう呼べば…」「部長でいい」「部長…お名前が変わっているんですけど」「何か問題でもお!元女房の姓を名乗るのはやめてくれと元女房サイドから言われたまでだ…あの姓に俺を受け入れられる器がなかっただけのことだ」「なるほど、それでまたご親族のコネでこちらの会社に入られたのですか」部長は元々ウチの会社の大事な取引先の親族。もちろんウチにもコネ入社。すると、ずいっと乗り出した部長は恫喝的な声色で言った。今にも僕の首を絞めそうな勢いだ。「言葉に気を付けることだな…コネじゃねえ。親族に泣きつくだけで勤め先を斡旋してもらえる…言うなれば一種の俺の能力だ…」もしかしてコネの意味知らないのではなかろうか。「時代が俺を手放さない…」という部長の声が虚しく響いた。


 問題がややこしくなるのでコネについてはやめて本題へゴー。「あの…今日はどういったご用件で…」「ウチもお前さんとこもブラックだよな」まだブラック企業=黒字企業という誤解しているらしい。「まあ、ボチボチやってます」「ブラ〜ック」部長はそう言いながら湯呑みを乾杯するように掲げて一気に茶を口に含んだ。そしてウガイをするようにぶくぶくやってから飲み干した。痰がからんでいたらしい。ただただ汚い。


 「ブラック企業戦士同士腹を切って話し合おうや…」切りたくねー、ので「ご用件を」「あのよぅ。お前んとこの新製品の価格なんとかならねえ?」「といいますと?」「俺は…OBだからあれの原価知ってるんだぜ?いいのか他のお客さんにバレても」しょぼい脅迫だ。「原材料費だけを取られても販促費や労務費など他にコストがかかっていますので。原価なら別にバラシテも構いませんよ。付加価値を理解されているお客様ばかりなので」「フカも役に竜田揚げ。なるへそなー」バカにしてるのか。「でもよ。その理屈だと俺がいなくなった分、人件費が安くなるんじゃねえのかよ」「退職した者の代わりにその者より遥かに能力がある勤勉で有望な新人を補充しましたので」皮肉である。「俺と同時期にそんな使えねえ奴が辞めていたとはな…実に効果的なリストラだ」あんただよ、と言いたいのを堪えて「で、ご用件は」。「ビジネスの話をしようや…」


 それから数分の沈黙。それはまるで鍛えぬいた肉体と技をもった剣豪同士が動くに動くない膠着状態に陥ったように…などではなく揚げ足取りしか出来ないオッサン同士が負けたくない一心で動きを止めただけであった。部長が足を揚げた。「今期の交際費…まだ残ってるよな?今日どうだ?」お猪口を口元にもっていきタコのように口を窄める仕草をする部長。人間はここまで卑しくなれるものなのか。「確かに交際費は残っておりますが」「だろ?じゃあこれからいこうや」こういう輩にははっきり言わないとダメらしい。優しさは薬にならない。「たかり、ですか?それとも脅迫ですか?交際費はお客様との商談を円滑にすすめるためだけに使うものですよ、部長」「課長はわかっていないな。交際費は《客との交際》という名目でその部署が楽しく飲むための費用だ」「部長の時代は終わったんですよ」「平成はまだ終わっていないが…」らちが明かない。


 「あの〜ご用件を」「単刀直入にいくぞっ。木っ端微塵になる気分はどうだ?」「覚悟はできていますからっ」「今回、ウチはオタクの商品を」「はい…」どれだけ安い価格、そしてまたどれほと厳しい納期や条件をぶつけてくるのだろうか。「買わないことにした」「えっ?」「買〜わない」「今も取引ないですよね」「文句あるのかよ。買わないと言いにきたんだよ、今日は」アホか。時間の無駄すぎる。「お引取りを」僕は言った。このまま息を引き取ってくれ、という願いを込めて僕は繰り返した。「お引取りを」「また来るわ」。非生産的な商談はこうして終わった。敵を殲滅できなかったのでフェリス女学院大学生とのコンパはパーかもしれない。まさに無駄。別れ際の部長の言葉をここに記して今後の警鐘としたいと思う。「今度会うときは…リピーターだ…」。最強クレーマーここに爆誕。


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電子書籍も書いてたりするよ!

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