プロデュースしているレストランの求人が不調で営業職の僕までもがヘルプ動員されるのは前代未聞のこと。早朝５時から現場に入りマッシュポテトをつくる日々、一週間経過。先は見えない。
悪いことばかりではない。捨てる神あれば拾う神あり。先月末、消費税増税分を価格に転嫁してもらえるよう交渉し、にべもなく断られた得意先から連絡があったのだ。（消費税増税分、価格に転嫁できません。 - Everything you've ever Dreamed http://delete-all.hatenablog.com/entry/2014/04/02/122845）
僕は常務より交渉に臨むにあたり値上げが叶わないなら解約止むなしという強い態度でいけといわれていた。取引の大きさではなくウチの方針を打ち出すことが重要なのだと。交渉は順調に不調に終始した。相手が消費税転嫁分の値上げに難色を示したのだ。僕がしかるべきところに相談させていただく旨を伝えると担当者は慌てる様子もなく、「よーく考えてみてください」と繰り返した。
よーく考えて。強い立場にある者がこう言うとき、相手についての想像力が欠如していると分析する人もいるけど、僕には想像力は存分に発揮されているようにしか見えない。考えては案件についてではなくこちらの弱い身分について指している。強い立場の者には弱い立場の気持ちがよく想像出来るものだ。金持ちの考えることはわからないけれど貧しい人の言動は比較的想像しやすいように。やれるもんならやってみな、仕事なくなるぞと高を括っている。なめてる。そういう態度の人間が生来好きではない僕は交渉の不調を受けて、悠然と公正取引委員会に相談をしたのだった。それが先月末の話だ。
相談の中身はいえない。けれども公取への連絡に多少は効果があったのだろう、僕が突然、現場のヘルプに入れられ齢四十にしてマッシュポテトの巨匠への道を歩みはじめているうちに、その担当とウチの常務とのあいだで話がすすみ、ひとまず契約を打ち切られることはなくなった。ウチでは大口の契約なのでよかった。で、昨日、早朝から一心不乱にマッシュポテトをつくっていた僕が本社に呼び戻され、覚書をつくることになった。
条件について確認事項があったので先方の担当者に電話をした。確認のあとで電話を切ろうとする間際に彼はこう笑った。「毎日朝早くから遅くまで大変ですね。つらいでしょう。ホント、よーく考えてくれないと困りますよ。課長。よーく考えてくださいね。よーく考えて、お願いしますよ」よーく。よーく。よーく。絶好調である！
でも、何でこの人、僕が現場に朝からいることを知っているんだろう？つらいことを知っているんだろう？嬉しそうなんだろ？千里眼でもあるのかな？と僕が穏やかであるはずもなく、内心は持っている受話器を破壊せんほどに荒れていた。オノーレ、こいつ、ウチの爺さんを懐柔して、やりやがった。
強い立場にいる者は弱い立場の者をよ知り抜いている。弱い者の弱点を的確について貶める。僕の給料が減らされたわけではない。降格されたわけでもない。会社としては仕事を続けられる。万々歳だ。僕が別の関係ない現場にヘルプで飛ばされて朝から晩まで駆けずりまわっているのは、あくまでウチの会社の都合。公取からペナルティを課せられはしないだろう。まさか、個人的に来ねえだろ、一流企業がと高を括っていたのは、ナメていたのは僕の方だった。僕は彼に「やりましたね」とだけ言って電話を終わらせた。平然とした口調が唯一の抵抗。
結局のところ、形の上であろうと双方が納得のうえ合意してしまえば話は終わりなのだ。販売価格に消費税増税分を転嫁出来なかったとしても。一方的ではなく合意の上であればお上が入る余地はない。
僕は、会社が決めたことなら別に何とも思わない。中身は、利益はどうあれ、契約は続き、売上は上がり、現場スタッフの雇用は守られる。僕もいささか不自然な形とタイミングではあるけれどマッシュポテト作りが上手くなれる。ブラボー。サイコー。エクセレント。素晴らしいじゃないか。
今朝も朝５時からマッシュポテトをつくった。いま、羽田空港のロビーでこの文章を書いている。これから日帰りで中国地方に出張だ。僕は営業課長。くたばるまでノルマは追いかけてくる。ポテトも追いかけてくる。明日も早い時間からマッシュポテトを作らなければいけない。この一連で、不思議なことに怒りとか怨念みたいなマイナスな感情はまったくない。ただポジティブに、我が魂魄百万回生まれ変わろうとも怨み晴らしてくれよう！！と思うだけだ。今朝のマッシュポテトは少し塩が効きすぎているかもしれない。よしなに。
