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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ワンオペで頑張る僕の前に天使が降りてきた。

日記

 昨夜の夜の営みもワンオペだった。そんな僕を小馬鹿にするように海岸ではしゃぎ続ける夏休みの学生たち。その情景を僕は直視出来ない。出来やしない。ただ、その跳ね回るような歓声だけで、僕が、神の不在と己の不遇を嘆くには十分すぎた。

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 会社に命じられて海の家で働いている。一日中焼きそばや唐揚げをつくり続けるクリエイティブな夏だ。母親が、なんで法学部を出て焼きそばを焼いているのかと電話の向こうで泣くので、日本国憲法を唱和しながら熱い鉄板と格闘している。おかげでひどい汗疹だ。ベビーパウダーが欠かせない。日に焼けた上にうっすらとベビーパウダーを塗った僕の肌は、黒いとも白いともいえないマイケル・ジャクソンのそれをおもわせる。股間に出来た汗疹の痒みのせいで、ASIMOのような妙に地面を意識した歩き方になってしまっていて、毎日、妻に笑われている。

 

 この夏、幾千回目のヘビーローテーションだろう。また海岸のどこかで「アナと雪の女王」の曲がかかった。焼きそばの鉄板から顔をあげると学生風の青年が、紐で形成された痴女が着るような水着を着たギャルの背中にオイルを塗っているのが見えた。まるで背中の上に複雑な構造物を組み上げるように何度も手を行き来させている。こちとらサラダ油なのに。壁ドンで口説いたのか。壁をつくる税金も払っていないのに。。

 

 もうやめだ。そんなルサンチマンに僕は疲れてしまった。僕は40才の大人だ。僕は若者を受け入れようと思う。今は企業から内定を貰った安心感、全能感に浸ればいい。いつか。誰もが経験するように、自分の能力不足を思い知らされるときがくる。そのとき助力してくれる存在に感謝できる素直な気持ちを忘れないでいれば、それでいい。それは若者の特権なのだから。


 人間の価値は己の能力が届かないとき、手を貸してくれる人の数で決まる。そんな結論に至るとき僕はきまってひどく悲しい気分になる。僕の年齢になってしまうと《助けて》のひとことが言えないことも多い。プライドや立場が邪魔をするのだ。自分の能力が、手が、届かなくてもやるしかない、やらざるをえないときが往々にしてある。ありのままで。アナ雪の曲は終わらない。

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 たとえばベビーパウダー。自分の手で、目の届かないところに塗るときは乱雑に塗布するしかない。ときに説明書に指示された適量を超えてしまうことも。たとえば今、僕のゴールデンボールの裏側は、塗りたくったベビーパウダーで豪雪地帯のようになっているはずだ。同じように尻も。穴も雪の状況。パウダーを塗りたくった蟻の門渡りを、蟻の列は渡っていけるのだろうか。渡り抜けたとき蟻は、蟻のままでいられるだろうか。ふと我に返り、腕をみた。ベビーパウダーは降り初めの粉雪のように僕の腕にうすく積もっていた。この雪がいつか僕の悲しみを覆い隠してくれればいいのに。

 

 天使があわられたのは僕がそんなルサンチマンとの格闘で溺れかけているときだ。天使は2人であらわれた。二十歳くらいだろう。天使は痴女のような水着は着ない。2人とも腰のあたりに体のラインを隠すような白い布をまいている。夏の日差しを跳ね返す白い布。僕にはそれが天使の翼に見えた。天使たちに、彼女たちと同年代の学生が見せるような俺達サイコー感はなかった。その声色には慈しみがあった。天使の言葉は、僕のささくれた心を優しく撫でてくれた。こんな若者もいるのだ。僕は若者のすべてを憎んでいた自分が恥ずかしくなった。世の中捨てたものじゃないと思った。天使たちは汗疹が出来てM・Jな僕の腕をみてこう仰ったのだ。「うわ。大丈夫ですか」「ご苦労様です」。

 

《姫様は. この手を好きだと 言うてくれる. 働き者のきれいな手だと. 言うてくれましたわい》 僕はナウシカに汚い手を誉められた爺さんの気持ちが初めてわかった。それがお世辞だとしてもかまわない。僕は股間の痒みに耐え、ASIMOのようなぎこちない動きにならないように、焼きそばをつくり、盛付け、心優しい天使たちに渡した。天国で食べる焼きそばはどんな味がするのだろうか。ソース味だろうか。しょうゆ味だろうか。

 

そのときアナ雪の曲が終わり、一瞬、静寂が訪れた。海岸のバカ騒ぎだけが遠い対岸で鳴る大砲のように聞こえた。まだ戦争ははじまっていない。天使たちのさえずりがはっきりと聞こえた。「これ、あの人の粉、入ってないかな」「なんか哀れだよね…」。今なんと?粉?哀れ?悲しかった。そして悔しかった。海の家でナイン・インチ・ネイルズをかけたときにバイト君から「これ小室サウンドですね。懐かしい」といわれたときよりも、ずっと。

 

 僕は遠ざかる堕天使の焼けた背中に、痴女水着特有の紐のような跡をみとめた。堕天使たちは学生と思しき集団の中に消えた。ウェーイ!若者特有の歓声があがる。ここには神も天使もいない。内定と内定で浮かれた気分だけがある。内定だけが正義のくだらない世界だ。僕は心の底から内定を憎んだ。彼らの内定を消滅させる大不況の到来を願った。内定を与えた会社ごと吹き飛ばしてしまえ。僕の会社が巻き添えになったって構うものか。


 夕刻。人の少なくなった海に僕は飛び込んでみた。僕は武装しなければならない。強くならなければならない。自分を守るため。老いたとき、僕の財産目的の若者に撲殺されないために。海中には何もなかった。ベビーパウダーが海水にとけてゆく。まるで死んだ水母のように散りぢりになって。痒みは痛みにかわっていた。これが僕のリアルなのだ。僕は浮かび上がった。仰向けになり、体を波に預け、揺られながら、流されながら、祈るように「上上下下左右左右BA」と何度かつぶやいてみた。何も起こらなかった。この海岸で三代目Jソウルブラザーズの「花火」を一生分聴いた。もう二度と聴きたくない。

 

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■「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」

http://kamipro.com/blog/?cat=98