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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

世界人類がユーチューバーでありますように。

 嫁さんから「ブログなんかやめてユーチューブをやってみてはどうですか?」と言われた。悲しかった。僕に映像センスがないのを熟知していながらカミカゼレベルの無茶を言ってきたのも悲しかったが、暗に「金にならないことなんてやるな。この甲斐性無し」と言われたのが何よりも悲しかった。嫁さんの両目には¥マークが浮かんでいるように見えた。善良な市民を狂わせるユーチューブはまことに恐ろしい。

「ユーチューブがヤバイ」「ユーチューバー、キテる」と聞く。確かに自分で撮った動画をユーチューブにアップするのが一大ブームだが、大量にオンエアされているCMの力、テレビパワーがあらためて証明されたように僕には思える。しかし、CMの中でカリスマユーチューバーたちが発する「昔は面白い大人がいて楽しいことを教えてくれた。今はいないから僕がやろう」「ユーチューブが楽しすぎて気がついたら会社を辞めていました」という夢に溢れるメッセージもスラム育ちで心が死んでいる僕にはまるで響かなかった。

 なぜなら僕が子供の頃、楽しいことを教えてくれる大人をお目にしたことなんて滅多になかったし、極稀にあらわれても「楽しいこと教えるよー」と言いながらイタズラをしてくるキモ・オヤジしかいなかったので別の世界線の出来事としか思えなかったからだ。気がついたら会社を辞めていたなどは論外で、記憶障害を疑うべきだろう。

 それでもユーチューバーのキャッチコピー「好きなことで、生きていく」が大変素晴らしいことに疑いの余地はない。金、マネーが全面に出ているのがいい。「好きなことで、生きていく」とは「好きなことを晒して、生きていく」こと。生きていくというのは金を稼いで食費・光熱費を支払っていくこと。つまり好きなことをしてマネーを稼いでいるよ、金を稼ぐのが好きだと人間らしい宣言をしている。素晴らしい。

 老害に片足を突っ込んでいて感度の低い僕にはよくわからないが、CMで好きなことアッピールする、いちいちドヤ顔、ハイテンション、大袈裟な動作のユーチューバーはものすごく面白いコンテンツなのだろう。少なくとも何も知らないチビッコが何度もクリックしてリプレイする程度には。

そういうカリスマ・ユーチューバーたちは巨万の富を得ているらしい。凡人でも生活できる位の日銭を稼ぐのはそう難しくないだろう。それならば、僕は祈る。世界人類がユーチューバーでありますように、と。「好きなことで、生きていく」はすべての人にとって夢理想であり、いわば憲法に保障された基本的人権の具現化。生きていけるのなら今のクソつまらない、望んだわけでもない仕事を投げ捨てユーチューバーになるべきだ。

 忘れてはならないのは好きなことは決して楽なことではないこと。国民総ユーチューバー時代のはじまりはあらたな戦争、闘争のはじまりだ。FAN数という戦闘力で厳密に計測されたカリスマユーチューバーを頂点にしたピラミッド型のカーストの誕生だ。

 だいたいの日本人は全く面白くないので、下剋上のために、より稼ぐために、面白いことよりも目立つことをやってユーチューブにアップするようになる。その行為は車を爆破したり、社長を裸にして吊るしたり、薬を飲んでアヘ顏ダブルピースをかましたりと激化の一途を辿り社会秩序は破壊される。カリスマユーチューバーを聖帝と崇めるカメラと動画による支配の世の到来だ。

  そんな世にこそ、カメラを持たない僕のような者がメシアとして望まれる。カメラを持たぬ、ドヤ顔もせず、FAN数にも縛られない、動画もアップしない。映されている自覚なく、サバンナを走るライオンのように気高く、自然な被写体としてのみ生きる、非暴力主義のユーチューバー。撮られても撮り返さない、ネクスト・ガンジー。

  既に僕は自分で撮るつもりはないけれども自慰行為を晒す準備は出来ている。その際、いつも窓は開けている。「好きなこと」ではなく「気持ちいいことで、生きていく」 目先の金ではなく、ラブ&ピースな理想に殉じるユーチューバー2.0の始祖に僕はなりたいんだよ…。

 そんな夢を嫁さんに語ったら「お逝きなさい」と言われた。