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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

昨夜、妻との関係が劇的に変わった。

昨夜、コタツに入ってテレビを見ている妻が「やっぱり子供いないと寂しいかな…」と呟いたとき、僕は「いざ鎌倉」の気概をもって、コタツの中でいつでも脱ぎ捨てられるようにパンツの腰ゴムに指を掛け、神風が僕の不能を吹き飛ばしてくれる奇跡を祈った。

僕ら夫婦が熟考ののちに妊活をとりやめてからまだ一カ月くらいだ。そんな時期での妻の翻意だけれども、想定内であった。先日訪れた八景島シーパラダイス水族館にいた可愛い動物の子供たち。そこを訪れていた賑やかな親子連れ。「101匹わんちゃん」DVD。それら僕が周到に準備したものに妻が触発されたのは間違いない。

僕たちの妊活の失敗は最初から《子供をつくる》《子供をつくらねば》という強すぎる意気込みに駆られ過ぎて、イヤラシイ意味の二人で努力することなく、最初から医者の手を借りるなどして、己に高いハードルを課し、精神的肉体的な負担で疲れ切ってしまったからだと思う。それならば《結果的に子供が出来たらイイよね。ラッキーだよね》くらいの軽い気持ちでイヤラシイ意味の二人でユルい妊活を進めていった方がよかったのではないか。そんなふうに「百年の孤独」を読みながら僕はふと思ったのだ。

もちろん、そんな甘い考えじゃ子供なんて出来るわけないよ…という批判もあるだろうけれど、子供が出来ないことは、僕ら夫婦は折り込み済みなのだ。僕に出来ることは変わらない。妻のため、もし子供が出来たらその子供のために、妻よりも1日でも未来まで生きること。僕は子供の役割を兼ねる覚悟だって出来ている。それは、先端の皮を元に戻すことだって厭わない強い覚悟だ。

子供いないと寂しいかな。そんな妻の言葉に、僕は養子縁組とユルい妊活を提案してみた。出来なかったらどうしよう?そんな強迫やプレッシャーのないケ・セラ・セラなイヤラシイ意味の二人だけの妊活だ。妻は「そうだね。キミのいうとおりですね」と同意した。これは有史以来続いていた僕らのセックスレスの終焉を意味していた。ありがとう八景島シーパラダイス。サンキュー101匹わんちゃん。

それから僕らは普段妻がひとりで使っているダブルベッド上の人になった。奇跡なんて簡単に起こるわけもなく、長袖長ズボンのパジャマを着た僕らはそれぞれの掛け布団にくるまり、背中合わせに別々の夢を見た。これは人類にとっては小さな一歩だが、僕にとっては偉大な飛躍だと信じている。