Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ツイッターに死んだはずの上司がいた。

 死んだはずの上司が生きている。この恐ろしい情報がもたらされてから、体の震えが止まらない。奴だ。奴が来たんだ。素早い動きで部下を串刺しし、漆黒の闇の中、スローモーションで立ち上がり不敵な笑みを浮かべる上司=部長の姿が僕の脳裏に蘇る。

 
 「ゲロからクソを生み出すのが営業の仕事だ…」「女房の配偶者が死んだ…」「御社の社員にはブラックの血が流れてますなー」といっては同僚や得意先を混乱に陥れてきた営業部部長が無縁仏になって早一年。僕個人としても、十年もの長きに渡ってお世話してやったのに、怨みを晴らす機会が得られなかったのは痛恨の極みだ。今、僕に出来ることといえば、部長の小汚い骨壷に落書きすることぐらい。
 
 死者に鞭を打つとは人でなしめ!と罵られるかもしれない。けれど、死人に口無し。部長は僕に過度の緊張を与えて僕を不能にし、ストレスを与えることで僕の精子量を激減させ、結果、僕は子供を持つというバブーな未来を諦めざるを得なかった。骨壷にコロ助の落書きをし、遺灰を砂場に撒き散らすくらい許されていい。
 
 部長存命中はランチタイムも戦争だった。「ミニカレーを大盛りにしろ…」「頭のないウナギを認めるわけにはいかない」「ドリンクバー…飲料を…どうやって棒状に…」と店員に文句をつけては空気を悪くしたものだ。もっとも店を困らせたのは海鮮料理店で言い放った「刺身が生なんだが」というひとこと。部長は、俺の国では刺身は生では出さない、とも主張していたが、「北国生まれ」「俺は遺伝子レベルで薩摩隼人だ」とも仰っていたので、その国がどこなのか、わからない。部長といい、イスラムのアレといい、テロリストが国を叫ぶ時代。寒い時代だとは思わんか。
 
 そんな部長が亡くなり、平穏な職場環境、落ち着いた食生活、性生活を取り戻したところに、インターネットに衝撃的な情報が。これを見て欲しい。
 

居酒屋でバイトしてる友人に、 「どんなクレームが来るの?」って聞いたら 「刺し身が生だぞ!」ってキレた客がいたって聞いて戦慄。怖い。

— ぶるかび (@burukabi) 2015, 3月 29

 

 
刺身が生。僕がこの呪詛を耳にしたのはかれこれ4年ほど前のこと。

部長が「刺身が生なんだが…」と店員に文句をつけてる。意味不明すぎる。

— フミコ・フミオ (@Delete_All) 2011, 11月 18

 

真実の情報しか流れないインターネットに蘇生する悪魔の言葉、刺身が生。シチュエーションも良く似ている。こんな言葉を吐く人間は一人しかいない。ことあるごとに存在を疑われた部長の実在が赤の他人様の言葉で証明されるとは…。インターネットって素晴らしい。
 
ひとつの疑念も浮かんだ。「部長は生きているのではないか」という疑念だ。定年退職後、家族親族に見放され、野垂れ死んで無縁仏になられた部長。誰も臨終に立ち会っていない。生存説が沸き起こる余地はある。
 
僕は、不安でたまらず、あらためて部長の死を確認することにした。部長の元奥様と愛犬ノルマには、遺品のルービックキューブを持参した際に、マスコミ不審の犯罪被害者のような顔面で「あの人のことは金輪際口にしたくない」「ワンワンワン!」と完全に拒否られてしまったので、今、唯一、確認できるのは部長の一人息子。部長の亡骸を確認した唯一の人類。
 

ムスコ氏は高校中退後、大検を経て進学した大学を、休学しそのまま退学、就職失敗を経て、現在は 格闘家を目指して道場に通っているという信頼できる人物だ。部長も氏のことを、俺に全然似てねえんだよ…といっては目を細めていたものだ。ムスコ氏に電話で部長の死を確認した。「いまさら死んだ父について、ですか?」その後、唐突に、氏が飲食と融資を求めてきたので話は打ち切った。部長…安心してください。あなたのご子息は違う意味で目を細めてしまうような人物へと立派に成長しています…。

 

 終生コネ入社を批判し、コネ入社社員を冷遇した部長自身がコネ入社だった。そのコネとなった部長親族経営の会社を僕が訪れたのは昨年末のことだ。ウチとの取引がなくなって久しかったがすでに事業所は閉鎖されていた。隣接するタクシーの営業所にいつごろ閉鎖したのか確認してみると部長が亡くなったとされる時期で、しかも夜逃げ。僕は底知れぬ闇を感じて調査を打ち切った。すべてを巻き込んで部長は逝ったのだ。

 

 刺身が生だぞ!刺身が生だぞ!刺身が生だぞ!昨日も部長の生存を思わせる情報がインターネット、ツイッターを駆け巡っていた。部長の実在性が脅かされてもいい。どうかその情報がウソでありますように。そう祈りながら僕はエイプリルフールをやりすごした。