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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ミニマリストは完璧に正しい。

 今朝、NHKの「おはよう日本」という番組でミニマリストの人の暮らしぶりが紹介されていた。カーテンもベッドもない部屋での生活。咄嗟に「囚人」「綾波レイ」、そんな言葉を浮かべてしまった僕は、相手への配慮を欠いていたことを反省し、頭を振ってしまう。ごめんレイ。レイの部屋にもベッドくらいはあったよね。残念だったのは、当該番組からは何のためにミニマリストがそんな生活をなされているかが見えてこなかったことだ。ともすると監獄の中で生活する意識高めの囚人や、怪しげな宗教にはまり意識がアセンションしてしまった人のように見えてしまいかねない。危険だなと思った。擁護が必要だと思った。なぜなら僕もミニマリストだからだ。一端のミニマリストらしく僕もマックブックエアーを持っているし、僕の部屋にはカーテンがない。


 ミニマリストとは最小限度で生活する人。最小限度とは無駄を削ぐこと。無駄を削ぐことで有限のもの、たとえばお金や時間を有効活用しようという生き方だと僕はとらえている。実際、この世の中には余計なものばかりだ。齢四十を超えて改めて実感しているけれど人生はいろいろと有限で、余計なことや寄り道をしている暇なんてないのだ。ましてや一カ所で立ち止まったり勾留されている時間なんてコンマ一秒もない。だからミニマリスト。ゆえにミニマリスト。ミニマリストは完璧に正しい。ミニマリストの僕は最小限度であり続けることで、かろうじて毎日をサバイブ出来ているが、そうでない皆様がどのように1日を過ごしているか今となっては想像もつかない。

 

 特に夏の日の通勤時超満員電車。前後左右から露出度の高い服を着たセクシーな女性が密着してきたら。僕は常時最小限だからやり過ごせるが、そうでない方々は、大相撲元大関の小錦関の尻と足の何ともいえない境目あたりを脳裏に浮かべるなどしてやり過ごしているのだろうか…まったく想像が出来ない。万が一、エヴァンゲリオンが暴走してしまったら警察に呼ばれて逮捕勾留→人生終了。強制的に綾波レイの部屋行き。恐ろしや。ミニマリストであればこそ、そんな恐怖に震えることなく生きていける。何のためにミニマリストなのかと問われたら僕なら迷わずこう答える。ハードな現代社会を生きるため、リスクマネジメントなのだと。

 

 いろいろなミニマリストがいる。ミニマリストを自称する人のなかには偽者もいるはずだ。「余計なものは持たない。沢山の物に囲まれて生きるなんて僕にはクールだとは思えないよ。周りの方がどう考えるかわからないけど、これが僕らのライフスタイルさ」とキメておられるミニマリストの方々が偽者というつもりは毛頭ない。僕こそが本物のミニマリストと声高に主張するつもりもない。

 

 だが、彼らはなぜ、わざわざ《余計なもの》であるブログやツイッター、あるいはテレビや書籍で、ミニマリストな生活をアッピールしているのだろう。ミニマリストの部屋にはテレビも書籍もないというのに。彼らが忌み嫌う《余計な》お世話だというのに…。わからない。僕はミニマムのまま全裸になってカーテンのない窓を開け放ち、物と欲に溢れたこの素晴らしい世界に対して、ミニマムを振り回しながらオーイ!と声をあげて訊ねてみた。答えのかわりに僕の耳に聞こえたのは「近所迷惑だから、そういうのもうやめてね」という妻の声だけ。