Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

仕事始めの日に退職届を出した同僚の言い分

勇敢というよりは蛮勇と言うべきだろう。同僚が1月3日仕事始めの日に退職届を出したのだ。年休を消化するのでもう来ないらしい。同じオカマバーの飯を食った仲なのに薄情な奴だ(ポッキーゲームを飯と呼ぶにはいささか抵抗があるが)。彼は僕らを引っ張るタイプの人材だった。今まで何回、彼に足を引っ張られ、仕事をしくじったことだろう。実に惜しい。彼がいてくれたおかげで僕らは自分の失敗が目立たず、救われてきたのだから。これからは誰がその重責を担うのか。先が思いやられる。


ウチの会社は昨秋から業績がV字ならぬI字回復して現在絶好調(好調の要因が不明なのが不気味だが)。その一方で、ここ数年退職者が相次ぎ、「自然リストラ」と称して補充も怠っていたため各部署で人員不足かつ高齢化。そのようなプラスとマイナス要因で結果的に多忙を極めている。なので特に仕事が出来る人物でなくても犬猫よりはマシ、彼のような人物でも抜けられると正直しんどいのだ。きっつー。


三十代独身。車もない。住宅ローンもない。介護する親もいない。実年齢と彼女いない期間がイコール。自由だ。鳥のようにどこまでも飛んでいける。鳥インフルエンザに罹ってくたばってしまえばいい。くっそー。うらやましい。旧モデルの僕なら死ね死ね死ねと呪詛を吐き続けたはずだ。だがもうしない。男の嫉妬はみっともないからだ。僕は今にも口を突いて出てきそうな汚い言葉たちを、ミッフィーちゃんのように口をバツにして堪えた。

彼に理由を聞いてみると、転職先が見つかったからだという。彼の口から出た会社名は、競合することが多々ある同業他社だった。僕はその会社名を聞いたときに激しく動揺した。今まで戦っていた敵の軍門に降るのか…今日までの味方を敵に出来るのか…そういうセンチメンタルなものではなく、その会社名が昨年末、僕をヘッドハンティングしようとした会社と同姓同名だったからだ。名前だけではなく全く同じ会社でした。

僕がその引き抜き話に躊躇したのは、いやらしい話、マネーが足りなかったからだ。今の給与プラス一万円ただしヒラ社員降格という条件に僕はどうしても首をタテに振れなかったのだ。特命課長→平社員。会社員生活を続けていると、一度持った肩書きを失ってしまうのが惜しくなってしまう。平社員島耕作(41)に意味はない。

「課長のおかげです」と退職君は言った。「今まで世話をしたけど何で?」僕は事情を聞かされて心底驚いた。彼は僕の代わりにヘッドハンティングされたのだ。僕のために取っておいた枠に滑り込んだのだ。僕が躊躇したばっかりに。人は失ってみて初めて価値を知る。悔しかった。超悔しかった。確認するつもりもないが、何らかの経緯で僕宛のコンタクトを知り、横取りしたのだろう。悔しさは怒りに変わっていた。怒りの理由は、自分の未来を横取りされたことよりも、退職君と同じレベルの人材と評価されていたという事実にあった。

「何で俺の引き抜き話を知ったの?」「課長が飲み会で言ってました」「ウソ!」「『俺は興味ないから誰か行けよ』と言ってましたよ」自分のアホさが嫌になる。こうして僕のヘッドハンティング話は露と消えたのである。後悔もアソコも先に立たず。悔やんでも悔やみ切れない。だが、もうやめよう。人は自分の人生を生きるしかない。ifについて考えるのは後ろ向きなだけだ。僕は僕を生きる。今はただ旅立っていく仲間の前途を呪いたい。

(この文章は涙をこらえながら16分かけて書かれた)