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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ポリコレが殺してくれる。

恥ずかしいかぎりだが僕は「ポリコレ」のことを、落ちゲーの新作か、海外の都市でおこなわれるファッションショーと思い、無関心を決め込んでいた。なので先日、友人から「ポリコレによればメリークリスマスもハッピーホリデーと言わなきゃいけない」と教えられたとき、つい、笑ってしまった。悪い冗談だと思ったのだ。

 

ポリコレとは政治的社会的に公正な表現を目指すことらしい。公正とは正しさのことだ。しかし誰がその正しさを判定するのだろう?どのように判定するのだろう?想像するだけで面白い。仮に、休日も休まず働く僕が休日に休む人たちを憎しみの対象にするホリデー教を起こしたら、ハッピーホリデーもまた別の言い回しに取って変えられてしまうのだろうか?

 

差別や侮辱がよろしくないのは当たり前だ。だが、正しさというのは、様々な価値観・考え・意見から見出さなければならないものだ。すべてをポリコレ的に正しい言葉に置き換えてしまった世界で、その正しさを見つける力が伸びるとは僕には到底思えない。ポリコレ的に正しい言葉で成立した社会で純粋培養された人間が、巧妙に隠された悪を見つけ出すことが出来るようにも思えない。そう。ポリコレが正しさを殺してしまうこともありうるのではないか。そもそも僕には正しさを判定するという行為自体が傲慢に思えてならないけれど。

 

以上のような中途半端なポリコレ理解に基づいた僕の戯言はさておき、公正な世の中を目指そうという姿勢を茶化すほど僕はゲスくない。僕は賛同しかねるがポリコレも積極的に推し進めていけばいい。ソープランドのようにポリコレ変換前のトルコ風呂より素晴らしくなるケースもあることだし。それでも僕は行き過ぎた公正なポリコレ社会で真面目に生きるよりも、多少混沌とした社会の末席に籍を置いて、「性差別!ゲス!」となじられながらでも、パリコレでクールにビーチクを出しているモデルを眺める方がずっと好きだ。(所要時間8分)