Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私はあなたのトロフィーワイフじゃない。

妻と冷戦状態に入ってから数週間が経った。最低限のコミュニケーションは筆談夫婦と揶揄されそうなメモのやり取りと「ウゥッ」「アァ」というヤンキーめいた意味のある奇声で取ってきたが、さすがに疲れてきた。妻とはいったい何回目の戦争だろうか?はっきりとはわからないが、たぶん中東戦争と同じくらいの数、4回か5回目、そんなところだろう。多くの夫婦間で勃発するおびただしい数の冷戦がそうであるように原因をひとつに特定するのはひどく難しい。イビキ。暴飲暴食。無許可ガンプラ大量購入。クレジットカードの明細チェック。深夜の恋ダンス。それらが人間の臓器のように複雑に入り組み集合し原因をなしているからだ。ただ、今回がこれまでの夫婦冷戦と少し様子が違うのは、きっかけが明確であることだ。僕の不徳の致すところなのだが、妻がとある結婚相談サービスとコンタクトを取っているのが発覚したのだ。数週間前の週末。夕方の食卓。妻が「結婚相談所から紹介されたのですが」と切り出したのである。青天の霹靂である。僕の理解が正しければ、結婚相談所、結婚相談サービスあるいは雑誌「ゼクシィ」は結婚願望のある独身者のために存在するものである。合体グランドクラスがないとはいえ戸籍上法律上の夫、つまり僕という者がいる妻の口から「結婚相談所から紹介された」というフレーズは理論上突いて出ないはず。それが飛び出してきたこと。それだけで衝撃的であった。まさに青天の霹靂、略してセイヘキであった。誤解していただきたくないのは、「僕という存在がありながら…」という怒りや悲しみや嫉妬が冷戦の原因ではないこと押し込めたのではない、ということ。僕は冷静で心の広い人間なので、実のところ、「結婚相談所?ハー面白いじゃん。オッケー。人生楽しもうよ」というポジティブな受け取りかたをしていたのだ。しかし妻の話を聞いていくうちに、心の奥底から暗くジメジメした感情が湧いてきたのを数週間たった今でもはっきりと覚えている。まず僕の早とちりがあった。妻のいうショーカイは「紹介」ではなく「照会」であった。誰々を妻に紹介するのではなく、妻の現状を結婚相談所サイドが照会、確認してきたのである。妻の話によれば、妻の友人が勝手に結婚相談所に妻を申し込んだというのである。おかしい。これまたセイヘキである。だが、僕は騙されない。表面にあらわれている部分を汲み取れば、妻のあまり賢くないと思われるご友人が勝手に妻を結婚相談所に申し込もうとし、その話を受けた当該結婚相談所が妻を照会したというシンプルな出来事だ。しかし、その裏にある大きな悪事を僕は見逃さない。僕は尋ねた。「なぜご友人は君を結婚相談所に紹介したのかい?君に何か思い当たることは?」僕の鋭い追及を受けた妻は、両手で顔を覆い、わっ、と大きな声を上げて泣いた…という僕の未来予想図とはまったく異なる反応を見せた。「友達には結婚したことを伝えていないからです」妻は悪びれることもなく冷静かつ簡潔に答えた。妻は冷静に「友達は《一部の》友達です」と訂正を入れることも忘れなかった。僕にも面倒な一部友達がいる。彼ら、一部フレンドには、現況をいちいち連絡したりしない。フェイスブックの友達申し入れも無視している。理由は察していただきたい。だが、それでも僕は自分が悲しい気持ちになるのを止められなかった。僕の悲しみは、妻が独身を偽っていたことから生まれたものではなかった。僕だってTPOに応じて独身を偽ることがあるし。悲しかったのは、僕が友人に紹介できないほど薄汚い中年だと薄々気づいていたが目を背けていた事実をあらためて突き付けられたからだ。《僕は、トロフィーワイフに、なれなかった》僕はもう中年で、これ以上上がり目はない。この悲しみは僕の生が終わるまで雪のように降り積もっていく。毎年観測史上最高の降雪量を更新しながら。人間というのは恐ろしい。悲しみよこんにちは状態の僕は、この何ともいえない悲しみを妻とシェアしたいと願った。強く。反撃した。「ああ。君はいつまでも若く美しく、家事の6割を僕が負担しているせいか、生活臭も薄く、とても既婚者は見えない」と切り出し、それから、友達が勝手にエントリーしましたって80年代のアイドルコンテスト優勝者みたいなことを言わないでくれ、それって自分は自分でエントリーしなくても美しいのを周囲が見逃さない、しかも本意じゃないのに優勝しちゃってサーセン、マジでエントリーした人サーセン、そういう驕りが見え隠れするのだよ、あー確かに僕はトロフィーワイフにするには年を取りすぎているし小汚いよ、しかし80年代の他人推薦合格アイドルのように驕りきった小汚い精神を持った君を僕はトロフィー棚に飾りたくない、むしろゴミ箱に投げ入れたい。このようなことを多少乱暴な口調で妻に投げつけた瞬間からこの冷戦がはじまった。妻が独身を偽っていたことよりも、自分がトロフィーワイフに値しないと告知されたことが何よりも悲しく、つらい。夫婦冷戦が長くなるにつれ増えていく夫婦関係のキズなど僕のハートの再起不能なキズに比べれば軽傷で、ひとことでいえば、どうでもいい。(所要時間20分)