早起きして夕飯の準備をした。鍋だ。野菜とキノコと鶏むね肉で拵えた団子の豆乳鍋。夫婦平等を掲げる我が家では極めて平等に原則火曜木曜土曜日曜の夕飯は僕の担当となっている。つまり義務である。立川談志師匠みたいなロックな生き方に憧れたが半生をかけてたどり着いたのは義務調理男子。マンモス悲ピー。なぜ、数多の料理から鍋を選んだのか。理由はふたつ。その一、午後七時半ギリギリに帰宅して火にかければ良いから。午後七時半は我が家の夕食開始タイムである。その二、「肉取りなよ」「その野菜どーぞ」のような何気ないやり取り、会話が生まれる可能性がわずかにあるから。ギリギリまで外にいたいという記述から、勘のいい方ならお分かりだと思われるが、現在我が家は一時的に会話がほとんどなく、重苦しい状態に陥っている。僕の毎日は無言の圧力鍋と憤怒の業火でぐつぐつ煮込まれているようなものだ。この沈黙の冷戦がいつ、何をきっかけに始まったのか僕にはわからない。「あたしたちどこで間違えちゃったのだろう」と彼女も嘆く。この嘆きは妻の声ではなく僕の内なる声である。最近脳内に鳴り響くその声はフェナリナーサ出身魔法のプリンセス、ミンキーモモの声によく似ている。そういえば結婚から6年半のうちにいろいろなものが変わった。勤務先。体型。体臭。妻が僕を呼ぶときの名前も変遷してきた。僕は思いついた。この変遷を列挙して注意深く確認していけば、いつ、何が悪かったのかジャッジできるのではないだろうかと。対策も取れるのではなかろうかと。
2009年(結婚前)
- 「オヤカタサマー!」※
- 「謙信公!」
- 「毘沙門天の再来」
- 「龍」
2011年(結婚)
- 「オヤカタサマ↓」
- 「フーミン」
- 「キミ」※
- 「課長さん」
- 「営業君」
- 「民生くん」
2014年(動乱期)
- 「ねえ」
- 「キミ」※
- 「チミチミ」
- 「ユー」
- 「禁酒無理男」
- 「ポテトマッシャー」
2016年末(失業期)
- 「失業くん」
- 「貴兄」※
- 「無職マン」
- 「アルバイター」
- 「働かざること山の如氏」
- 「甲斐性な氏」
- 「ハロワ行って世」
- 「勘違い国宝氏」
- 「生活費入れ平」
- 「平日ジャージ氏」
- 「働かない造さん」
2017年夏~(再就職後)
- 「人並み君」
- 「復活さん」
- 「試用期間終わった?」
- 呼び名なし※
以上。なお※が時期ごとにもっとも使われた呼び名である。さて、どの時点で僕らの関係は狂ってしまったのだろうか。無断で会社を辞めたあたりかと思ったがそうでもないような…当事者の僕にはわからない。皆さんのジャッジはいかがだろう?よく甘えや緊張感の欠如、危機意識の薄さを指摘されるがそんなことはない。パンツ一枚で飛び散る熱い汁に耐えつつ鍋からうどんやラーメーンを豪快にすすりあげる荒行に向かう気概はいつでも持っている。そして今夜の鍋が、わずかばかりでも明るい未来へ僕らを誘ってくれると信じている。午後6時45分、さて家に帰って鍋をあたためよう。どうか、どうか、二度とミンキーモモが悲しい詩を囁かないように、そう祈りながら。(所要時間15分)