Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

さようなら、はてなダイアリー!テキストサイト界の底辺で死にかけていた僕を救済してくれてありがとう!

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▲はてなダイアリー時代の一時期、水彩画ブログにしようとしたこともありました…。

2019年春「はてなダイアリー」終了のお知らせと「はてなブログ」への移行のお願い - はてなダイアリー日記

「はてなダイアリー」が終わると聞いて、「はてな」にやってきた当時を思い出した。僕がはてなダイアリーにはじめて投稿したのは2003年の年末で、きっかけは僕が細々と運営していたテキストサイトを読んでくれていた小説家の逸木裕氏から「はてなダイアリー」をおすすめされたからだ(ご本人は忘れているかもしれないが)。それから2013年の年末までちょうど10年間、途中アカウントやハンドルネームを変えながらも書きつづけ、はてなブログへ移行して現在に至る。そう、テキストサイトだ。僕は1990年代の終わりからウェブ日記的なものを書いている。利用してきたウェブ日記サービスを挙げてみる。さるさる日記。大塚日記。ライコスダイアリー。それからはてな。渡り鳥生活だ。あくまで母体はテキストサイトで、ウェブ日記的なものは、更新頻度をあげるためのコンテンツだった。内容も、その日あったことの記録と所感を淡々と綴っていただけだ。「家系ラーメンを食べて腹を下した。今後は脂少なめにしよう」みたいな感じの。もっとも、僕が運営していたテキストサイトは、皆さんが懐古するようなゼロ年代初期の文章芸のようなサイトではなく、《映画や小説の演出効果と構造分析》をコンテンツにした暗くてニッチなものだったので、読んでいる人は少なかった。閲覧者なんて1日10人くらいだったはず。そんなテキストサイトの底辺にいた僕から見ると、いわゆるテキストサイト・ブームの主役だった運営者たちは新時代のスターに思えた。日記系といわれていたのかな、画像も少なめで、日常のちょっとした出来事を面白おかしくネタにしている彼らに、少し嫉妬をおぼえつつも憧れていた。僕と同年代か、少し上のフツーのシロートでもこんなに面白いことが出来るのか!という感動とともに。僕と同じように仕事を終えたあとシコシコと文章をかいてネットに放流している彼らの姿を想像しては、テキストサイトの底辺から、勝手に、妙な一体感を覚えていたのだ。ある日を境にテキストサイトのスターたちへの僕の憧れは急速にしぼんでしまう。ある日が、いつだったか、はっきりとはわからないけれど、テキストサイトのスター、有名人たちが連帯してイベントを企画してネットから飛び出したり、サイト以外の場所で連載を持ったり書籍を出版するようになってからだ。面白さは変わらなかったけれども、シコシコと書いている自分との距離感を感じてしまったのだ。僕にとって、テキストサイトや日記系、今でいうブログというのは、ごくごく個人的なものだ。だからイベントや出版という次のステージに進んでシロートからプロ的な存在になった彼らにシンパシーを抱くことは難しかったのだ。僕とは違う…そんなふうに考えていたときに出会ったのが「はてなダイアリー」だ。2003~4年のはてなダイアリーには僕が求めていたシロート的な面白さがあった。正直な感想をいってしまうと、テキストサイトのスターや有名人と当時の平均的なはてなダイアリー利用者では、スキルでは天と地の差があったと思う。だが、下手くそなシロートだけども面白いことやってやるというパンク精神や好きなことについてだけ延々と語る独立精神が当時のはてなダイアリーにはあった(僕の観測範囲では)。当時は「はてな」や「はてなダイアリー」のトップを眺めるたびにパンクのような勢いのあるダイアリーを見つけることが出来た。今の「はてなブログ」は、文化として成熟してしまったからだろうね、ウケる(読まれる)コンテンツみたいな方法論が確立してしまっていて、まあそれは悪いことばかりではないのだけども、正直、《その人じゃなければ書けない記事》は数えるほどしかない。はてなブロガー諸兄は、読まれることを考えすぎなのではないか。いちど、シコシコと自分語りをしてみてはどうだろうか。多くの人から読まれたいというのは結果にすぎない。書きたいことを書くのがブログだと思うし、そうじゃなきゃ続かない。それに他人からの評価を気にするのは仕事や学校だけで十分じゃないか?僕が今、はてなブログでやっていることは、かつて僕が親近感を覚えていたテキストサイトの2018年版だと最近、自分で気づいた。おかげではてなブログでは浮きまくっているけれども、まあ仕方ない。かつてのテキストサイトのスター・有名人はそのままウェブの世界でも有名人になっている方が多くて「スゲー!」と思うけどシンパシーは感じない。彼らは結局のところ芸能人枠なのだ。僕の中で。なんというか違うのだ。僕とは。その距離感は憧れだったテキストサイトたちに違和感を覚えたあの頃からあまり変わらない。あの頃のテキストサイトの空気に似た、はてなダイアリーの雰囲気が僕は好きだった。僕=フミコフミオという存在を作ってくれたのは間違いなくはてなダイアリーだ。僕に居場所を与えて、受け入れてくれたはてなダイアリーには本当に感謝しているし、終わってしまうのはやはりちょっと寂しい。願わくば、はてなダイアリーにあったパンク精神や、書きたいことだけを書きつづけるみたいな風潮が、今よりも少しでもいいので、はてなブログ界隈からも感じられるようになるといい。今、僕は「はてなブログ」で書いているけれども、気分はずっと「はてなダイアラー」のままだ。親しくしていたはてなダイアラーの多くはヤメてしまったけれど、僕はこれからもはてなダイアラーの生き残りとして書き続けていきたい。僕が「はてなダイアリー」を終わらせない!本当に、ありがとう、さようなら、はてなダイアリー。これからもよろしく。(所要時間25分)