Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

部下が事故を起こしました。

先日、部下が仕事中に事故を起こした。その部下は50代前半の温厚な男性で仕事ぶりは真面目、数か月前、「生活に困窮しているので待遇を改善してほしい」と申し入れてきたのが記憶に新しい。

世間はそれをワークライフバランスと呼ぶんだぜ - Everything you've ever Dreamed

そのとき僕は、「『生活が苦しい』という理由で給与をあげるのは無理」とはっきりと断ったのだ。僕が評価するのはあなたの生活苦ではなくあなたの仕事だけだ、と。事故はいわゆる自爆事故というやつだ。住宅地の狭い路地でバックしてるときに車をコンクリート壁に擦ってしまったらしい(壁は無傷)。僕への報告は遅かった。外出先から社に戻った僕のもとへ総務課長が飛んできて事故の発生を知らされた。「規則で事故が起きたら真っ先に総務へ連絡となっているので、直属の上司の僕への連絡はそのあとだろう…」と高をくくっていたら、いつになっても鳴らない電話。

総務課長に事故発生場所を尋ねると、わからないんですよ…とワンダーな回答。わからないとはどういうことか、ふたたび尋ねると、連絡をもらったときには現場を離れてしまっていたとのこと。「じゃあ被害状況は…」「本人はこすっただけと言ってます」。多少イラつきながら本人を待っていると、深刻を申告するような沈痛な表情で帰ってきた。デスクにカバンを置き、持ってきた缶コーヒーを一口飲んでから僕の席に歩いてきた。眉間に皺を寄せて彼の報告を待っていると僕のデスクの前で90度ターンを決めて社長のデスクへ歩いていき、すみませんでした…と謝罪するのが聞こえた。僕への報告はどうなっているの!と叫びたい気持ちを押し殺して待っているとふたたび僕の方へ。今度こそと眉間に皺を寄せていると、こんどは、僕のデスクの手前で、アッと声をあげて総務部へ方向転換して歩いていった。報告だろうか。

皺を寄せて待っていると、事故報告書を手に彼は戻ってきた。そのまま僕への報告なしに彼はご自分の席についた。僕の熱視線に気付くと彼は僕のもとにやってきて「すみません!総務と社長には連絡済みです」と軽い感じで言った。もしボスに謝るのなら、僕への報告を済ませてから、僕が連れだっていくものではないか。じゃあ、社長のところ行こうか…つって。それがこの扱い。軽んじられている気がしたので、僕は「事故報告書をすぐに書いて持ってきたまえ」と重厚な調子で言った。アホくさと笑うことなかれ、サラリーマンは面子で生きているのだ。

事故報告書とスマホで状況を車体を撮影した画像を持った彼が僕のところにやってきた。擦っただけ、という日本語の解釈に悩んでしまった。なぜなら車体左後部がベコっと凹んでいたからである。「事故発生現場」の欄に「不明」というワンダーな記載、「事故発生状況」の欄には簡単な図を記すことになっているけれども、中島みゆきの歌のように縦と横の線で十字が描かれているのみの、たとえば学校とか病院というように目印になるものが一切ない、状況を説明する気持ちが希薄なきわめて粗末な図、それらに頭を抱えてしまった。事故現場の写真もなかった。

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「これじゃ何が起こったのか全然わからないよ」と文句をいうと、彼は、うーん、と事故を起こしてしまった私も苦悩してますとアッピールするような音を口から出した。きっつー。「だいたい何で現場からすぐに離れたのですか?本当に壁にぶつかっただけですか?」「あとこれは擦ったとはいいませよね?」と詰問すると、彼は、ふたたび、うーん、と言って沈黙。

場所不明。状況不明。とても上にあげられるような報告書ではない。仕方なく、現場に行って確認することにした。「まもなく定時なんですけど」という日本語が聞こえたような気がした。出張続きで疲れているらしい。現場に人型のチョークが引かれていたらどうしようという不安を抱えながら現場へ向かったけれど、そんな不安は杞憂に終わった。なぜなら、一時間ほど車で捜索したものの、事故の場所は特定できなかったからだ。「報告どうすんだよ…」という不満よりも、現場に赴く彼の運転が気になった。下手、ではなく、間違っている。オートマ車の場合、右足ひとつでアクセルとブレーキの両方を操作するはずだが、彼は左足でブレーキ、右足でアクセルというふうに両足を駆使して運転していた。運動神経が優れている人ならかまわないが、彼はひいき目に見ても運動神経の存在を感じない。右足と左足を同時に踏み込む瞬間があるらしく、発進がぎこちなかった。彼に指摘すると、うーん、しか反応がなかったので報告書に「こいつ運転ヤバいっす」と付記するしかない。

会社に帰ってきてから事故原因と思われるものを報告書に書かせた。「運転技量の不足」「睡眠不足」「確認不足」僕はそういうものを期待していたが、そこには「生活苦」とひとこと書かれていた。その真意を尋ねると、「以前ご相談したように息子の学費や親の入院で生活が厳しくてお金のこととばかり考えています。給与を上げてもらわないとまた事故を起こしてしまうかもしれません…」と独自のワークライフバランス論を唱えだしたので「場合によっては今回の事故にかかった分のいくぶんかは負担してもらうことになるかもしれない…」とお灸を据えて話を打ち切った。彼は僕が会社に来る前に何回か事故っているベテランらしく処遇をよく存じ上げているようで反応はなかった。あるいは据えられたお灸に気づいていないだけか…。僕は事故発生状況不明の報告書を、ボスにどう説明すればいいのか、悩んでいる。現在、午前0時。連休明けの部長会議が憂鬱でならない。うーん。(所要時間28分)