Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

森博嗣著「ジャイロモノレール」は超高齢化社会を生き抜くためのサバイバル・マニュアルなので読んだほうがいい。

「ジャイロモノレール」という言葉を聞いたことがあるだろうか。おそらくほとんどの方が初めて聞く言葉なのではないだろうか(僕は古い写真を見た記憶とその言葉だけは知っていた)。ジャイロモノレールを簡単に説明すると、ジャイロ機構で姿勢を機械的に自動制御することにより1本のレール上を走れるようにした乗り物、となるだろうか(間違っていたらサーセン)。諸事情により実用化はされなかった幻の技術でもある。

ジャイロモノレール (幻冬舎新書)

ジャイロモノレール (幻冬舎新書)

 

 本著は100年前に滅びた技術「ジャイロモノレール」とその再現について書かれたものである。そして技術系の新書という皮をかぶった人生の指南書でもある。感想を一言でまとめると、めちゃくちゃ面白かった。

著者はミステリィ小説家の森博嗣氏。ジャイロモノレールの再現を本題テーマとしながら、これまでの氏の著作(新書)と同様、人に依存しない生き方、自分の頭で考えることの大切さについて書いている。まったくブレない生き方をしていて尊敬に値する。僕は文系人間なので、本書に書かれているジャイロモノレールの理論の細かいところまでは理解できなかったが、著者のわかりやすい解説とイラストで大まかな仕組みは理解できた(なんとなくだけど)。作例も多数掲載されていて、実に、楽しそうである。「ジャイロモノレールをつくってみよう!」という気分になる人もいるだろう。

本書が素晴らしいのはジャイロモノレールという機械技術の再現を開示しながら、ジャイロモノレールの素晴らしさを讃えたり、「一緒にジャイロをつくろう!」という展開にならないところにある。著者のジャイロモノレールという技術に対するある種醒めた目線が貫かれていて、文中にも、姿勢制御を機械的に再現しているが、現代ならコンピュータ処理してモータやエアで行ってしまえばいい、とあるように、伊達と酔狂でやっていて、それを万人にすすめようという姿勢がまったくないのだ。そう、著者はジャイロモノレールの伝道師になるつもりはまったくなく、ジャイロモノレール再現という個人的な愉しみについて語っているだけ、というスタンスなのだ。

僕を含めた一般人のなかで、いったいどれだけの人がジャイロモノレールの情報を求めているだろう?。かぎりなくゼロに近いはずだ。極端な言い方をすれば、普通の一般人からみれば、どうでもいいこと、なのだ。この、どうでもいいことをやっているのが素晴らしい、ロマンだと本書は謳う。そして人の目を気にしたり、繋がりを意識して、自分だけの愉しみを見いだせないことは不幸であると。自分の頭をつかって楽しみを見つけること、試行錯誤したっていい、その過程も含めて、それが趣味であり、人生の豊かさにつながると著者は訴えている。

定年退職後にやりたいことが見つからないと嘆く人がいる。深刻なケースになると心の病を患うケースもある。我が国は高齢化が進んでいるので、今後、そういったケースは増加の一途だろう。趣味は人生を豊かにする。ただしその趣味とはレジャやスポーツとは異なるものであって、著者はそれを研究(探究)と位置付けている。研究といっても大袈裟なものではなく、日々の疑問や不思議を自分なりのやり方で調べ、検証することであると(前著でも「孤独の価値」で孤独であることは楽しいものと述べていた)。この、どうでもいい、が著者にとってのジャイロモノレールであったにすぎない。

「世界初!人気ミステリー小説家が100年前の幻の技術を完全復元!」というと大げさに聞こえるが、身も蓋もない言いかたをすれば、他人様からみればどうでもいいことをとことんやりました、という話なのである。人生を豊かにするためには趣味をもつこと、人から与えられたものではない自分だけの楽しみを見つけること、それが著者にとっては個人研究でありその一部がジャイロモノレールなのだ。はたして、今、どれだけの人がその人なりのジャイロモノレールを持っているだろうか、そんな問いをこの本は僕らに投げかけている。これはありそうでなかった本だよ。個人的には森博嗣のベストだと思う。(2018/9/29 所要時間21分)