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ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

元給食営業マンが1食当たり100円台もある特養の厳しすぎる食事を考察してみた。

ネットで給食関連のニュースを眺めていて、給食の営業をやり始めた頃、特別養護老人ホーム(特養)のコンペで「朝食160円」という条件を見て驚いたときのことを思い出した。パンと牛乳ならまだしも、この価格でご飯、汁もの、主菜、副菜、漬物を国産食材を使用して安全で美味しい手作り感のある食事提供を求めてくるのだからたまらない。あれから数年経っているが、ちょっと調べてみたら、当時と特養の食事事情はそれほど変わっていなくてまたまた驚いてしまった。なぜ、朝食160円のような厳しい条件が出てきて、継続しているのか、給食営業マンの視点で原因について考えてみた。

 サービスにかかる利用料 | 介護保険の解説 | 介護事業所・生活関連情報検索「介護サービス情報公表システム」

まず、特養の食事代は介護保険の適用外となっており、原則、自己負担となっている。月額1名41,400円(税別/以後価格はすべて税別とする)。ただし、自己負担額については所得によって軽減されており、たとえば生活保護を受けている人ならば自己負担額は月額9000円となる(41,400円との差額32,400円は補足給付で埋め合わせされる)。

  いずれにせよ特養の食事代は「1人月額41,400円」であることを頭に入れてほしい。これを30日で割って日額にすると(特養の入札では月30日で算出するケースが多い)、「日額1,380円」となる。特養は朝食、昼食、おやつ、夕食の1日4度の食事提供があるがこれを1,380円で原則まかなわなければならない。ちょっと贅沢したときのサラリーマンのランチ1回分程度の価格で。きっつー。だがちょっと待ってほしい。これは食事代の額であって食材費ではない。どういうことかと申しますと、この1,380円は食材費と委託費(加工費)が入った額。超きっつー。

1,380円を780円の食材費と600円の委託費に分けて、780円の食材費を4度の食事に分解してみる。

例)朝食180円 昼食280円 おやつ40円 夕食280円 

どうだろうか。冒頭の「朝食160円」が滅茶苦茶条件が悪いものではないとわかるはずだ。780円(食材)と600円(委託)に分けたのは実際のコンペでそういう設定をする法人が多かったという僕の経験からである。

※実例をあげてみる。神奈川と埼玉の特養の割と最近のコンペの仕様書である。先述の食材費の枠があるため、無作為に検索したがほぼ同様の内容で驚いてしまう。

金井原苑1日680円(朝180昼220おやつ60夕220)

給食業務委託の公告にあたって | 老人ホーム、ショートスティ、デイサービス、訪問介護、訪問看護、ケアプラン作成の金井原苑|川崎市麻生区片平1430|神奈川県

花水木の里1日680円(朝160円昼240円おやつ40円夕240円)

平成30年度給食調理委託業者選定に係るプロポーザル実施の公告 | 社会福祉法人 高栄会

 特養によって食材設定については若干異なる。1,380円にこだわらず高い金額を設定する法人もある(補填しているのか利用者から徴収しているのかは知らない)。誤解してほしくないのは、食材費設定イコール食事の内容が悪いではないということ。ほとんどの施設がこの厳しい枠の中でやれることをやっている。営業で試食をした際、金額をきいて驚くような食事を出しているところもあった。残念ながら酷いところもある。だが、それは現場スタッフの努力に拠る部分が大きい。前提条件として、1日700円程度の食材費で「安全で、美味しく、家庭のような食事」を求めているのが問題なのである。

そして特養は老人ホームなので、常食だけでなく刻み食、ミキサー食、ソフト食、軟菜食といった嚥下能力にあわせた形態で提供しなければならないし、そこにアレルギー対応や治療食も加われるのだ。もし、特養の食事内容や使用食材のクオリティが悪かったとしたら、施設や業者が悪いのではなく、そもそもの条件、法律で定められた食材費の価格設定がおかしいのだ。このように、特養の食事は金額面でかなり苦しいのがお分かり頂けただろうか。

ここまでは食材費にフォーカスしていたが一方の委託費を見てみよう。例として食事代1,380円から食材費780円を引いて1日600円の委託費。定員100人の施設で1ヵ月30日をかけると月額委託費が出る。600×100×30=180万円。特養は年中無休で朝昼夕食事提供となるので、調理師を3名(交替要員1名)、栄養士1名、パートを提供時間帯ごとに3名(うち1名は交替要員)を配置する工程をざっくり作る。調理師3名の給与を30万、25万×2 計80万 栄養士を25万、パートを1,000円×4時間×21日×9名=75.6万 計180万円。直接人件費の合計だけで180万。先ほど算出した月額委託費180万と直接人件費だけで並んでしまうのだ。間接人件費やその他現場経費、利益を確保できない(説明が簡単になるよう直接人件費が180万になるように設定した)。

そこで何が起こるか。まずは労務費の圧縮。社員スタッフの給与を下げ、社員枠をパートにする。それから工程の人数そのものを減らすために、たとえばセントラルキッチンで調理した完全調理品を多用するようになる(湯煎であっためるような商品)。手作り感のある食事とはほど遠くなってしまう。このように委託費からみても特養の食事は厳しいのだ。

ここまでは食事を委託するケースから考えてきたが、自営でやられている施設もある。元給食の営業マンとしていうのもなんだが、自営でしっかり運営が出来るのが、利用者のことを考えればベストだと思う。1380円から利益を抜く必要がなく、全額を食事に投下できるからだ。

ではなぜ施設は業者委託をするのか。それは大きく三つの理由があるからではないか。一つはコスト面。自営だと労務費や食材費がかさんで1380円をオーバーするようなケースがありうるが業務委託費なら一定額で収まる。リスク回避かもしれない。二つ目は労務管理。自営の場合、スタッフが辞めたときに募集・面接・採用の時間と金のコストがかかるが業務委託すれば一切かからない。三つ目は代行保証。食中毒事故等が発生しで、保健所から栄養停止・禁止措置がなされてしまう場合、業務委託にしていれば給食会社が加入している代行保証制度で、制度に加入している他の業者や施設から、ケータリングなどの手段で食事供給がなされるが、単体の施設のみを自営で運営している法人だとこうしたリスクに対応するのが難しいからだ。

また、特養の食事事情は厳しいと述べてきたが、給食会社としてはまだ受託するメリットがある。それを証明するようにコンペになれば何社かは必ず集まる。ひとつは、特養は待機待ちであるようにほぼ満員であり条件が厳しいながらも食事売上が安定していること。飲食の世界でもっとも難しい売上予想のリスクがないのだ。もうひとつは特に大手の給食会社の場合は利益を生むシステムが確立しているから。大手の給食会社は食材と物流を系列子会社に任している。

なるほど当たり前ではないかと思うなかれ、780円分の食材を子会社に発注した時点で、利益が発生しているのだ。たとえば780円食材費設定の施設で食材発注の時点で利益を160円確保しておけば(伝票上は780円の商品)、30日運営で100名の施設ならば48万の利益を生んでいる計算になる。つまり施設現場サイドで利益がゼロであっても食材と物流を含めれば48万円の利益を確保できる。1,380円×30日×100名の施設なら総売上414万円、最低でも48万円(12%)の利益が確保されるなら、現場はきっつーでも、やるだろう。

このように厳しい食事代設定と、低い食材費と労務費のなかで施設や現場に無理をさせているのが特養の食事の現実なのだ。委託給食業界はこうした現場の無理を承知で特養の仕事を受託しているように僕には思えてならない。こうした無理のツケを払うのは実際に食事を食べている利用者のお年寄りたちで、つまり近未来の我々。他人事じゃないのだ。きっつー。(所要時間43分)