Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「『劇的』は数値化できない価値観です」と営業マンは言った。

飛び込み営業はすべてお断りしていた。電話一本。メール一通。それだけの手間を惜しんでやってきて「御社のために」と話す営業マンを信じられないからだ。方針転換をしたのは、人生の折り返し地点を過ぎ、終活を意識し、「天国へ行きたい」と強く願うようになったからだ。これまでのパッとしない人生。だが、今からでも善行を重ねれば、天国へ行けるかもしれない。そんな淡い希望から、あらためて自分に出来ることを考えてみたとき、飛び込み営業マンたちの必死な「一分でいいですから」「名刺交換だけでも」に応えようと決めたのだ。飛び込み営業は僕もさんざんやらされた。基本的に法人相手の飛び込み営業は歓迎されない。受付で「申し訳ございませんがアポのないお客様は…」と断られ、申し訳ないと思うのなら会わせてくれればいいのに、と恨み節をこぼしながら退散するのである。飛び込み営業を拒絶しないようにしたのは、彼らのしょぼ~んな後ろ姿に自分の若いころを重ねたからかもしれない。

飛び込みでやってきた営業マンは若かった。二十代半ばくらいか。彼は名乗りながら名刺を突き出してきた。目を合わせようとしない。初々しい。僕にもこんな時代があった。名刺交換を済ませると「貴重なお時間をありがとうございます。あっ。部長さんですか。すみません。ありがとうございます」と語尾を下げた。なぜテンションを下げるのだろう。飛び込みでそれなりの役職者に会えたらラッキー!ととらえないと厳しいと思った。僕にはこんな時代はなかった。

 名刺に記された洋風の社名からは、何の商売をやっている会社なのか見当がつかなかったので、「何をしている会社?」と質問。彼は、胸を張って「お客様の事業のお手伝いをしております」と当たり前の文句を口にした。答えになっていない。「そらそうだろ。お客さんの足を引っ張る会社がある?」と意地悪を言いたくなるが、天国へ行くための試練とこらえ「なるほど。どうぞ続けて」とうながした。きっと質問の答えは次にある。結果を急いだ自分を恥じた。

答えはありませんでした。「御社はどういう事業をなされているのですか?」と彼は質問してきたのだ。厳しすぎる突っ込みを入れたら天国が遠くなる。「あの」と切り出す。「はい?」「弊社が何の事業をしているのか知らずに来たの?」「すみません。飛び込みで来たので」「なるほど」飛び込みだから仕方ないよねってアホか。飛び込み前にスマホでサクっとチェックすればいいのに。そしてなぜか「ウチは食品事業をやっている会社です。業務用食材の販売と外食事業がメインで(中略)今後は関東圏以外への展開も視野に入れています。もしご協力できることがあればお気軽にどうぞー!」などと営業を受けているはずの僕が営業をかけている。
その流れを遮って「お客様の事業にかかわらず業績を伸ばせるのが弊社の特徴です」と彼は言った。返せ僕の営業トークと言いたくなるのを抑えて「それはすごいね。どうするの?」と尋ねると、方法を尋ねているのに「弊社は2003年の創業以来…ウンタラカンタラ」などと会社案内をはじめた。コンサル的な業務をやっている会社であった。駆け出しの営業マンにありがちだが、彼は相手と会話をしていない。自分の話したいことを話しているだけだ。
「わかりました。御社のやり方は後回しにしましょう。とりあえずオタクとお付き合いしてウチが受けるメリットをわかりやすく教えてください」と僕は言った。「業績を劇的に伸ばせます」と彼は答えた。わかんねーよ。「劇的とはすごいね。もう少し具体的に教えてくれないかな」「激変します。いい方向へ」言い方マイナーチェンジされても困る。「うーん。わかりにくいなあ。たとえば近々の実績があるでしょう」「お取引いただいている企業様からは喜びの声をいただいております」おーい。「わかりました。あなたのいう『劇的』を数字で教えて。%でも額でもいいから。ざっくりでいいからさ」すると彼は困り果てたような様子で「申し訳ありません」と切り出し、

「劇的は数値化出来ません。我々の仕事は数値化できない価値観をお客様に提供することですから」

と意味不明な言葉を口にしたので「わかりました。次の予定が控えているので、お引き取りください。あと、ある程度数字で示してくれないと判断できません。それが出来ないなら、今後、来なくてよろしい」といって出入り禁止を申し渡して、交渉を打ち切った。きっつー。

彼はいったい何しに来たのだろう。営業なら、自分の扱っているサービス(商品)と、それを導入することで相手にどのようなメリットがあるのかくらいは頭に入れてきてほしい。おそらく上司から「劇的といっておけば、数値が出ないときに言い逃れが出来る」と言われていたのだろう。ざっくり話を切ったはずなのに彼は「貴重なお時間をありがとうございました。来月は事前にアポを取ってから参ります」と安堵した様子であった。つーか出入り禁止つってんの。天国への階段の勾配がこんなに厳しいものだとはね。(所要時間30分)