Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

車を買いました。

車を買った。身分不相応だけど新車である。家族の同意を得るのに費やした時間と苦労を想うと真夏の太陽がにじむ。大きな買い物には家族の同意は不可欠。もし家族の同意なく車を買ったら…のちにこの身に降りかかる災厄を想像するだけで恐ろしい。

奥様がなかなか首をタテに振らなかった理由は「まだ動くのに?要らないよね」というシンプルなもの。たとえば僕が使っているものを刷新しようとするとき。彼女は壊れにくさを重視して「まだ使えるよね」「いけるいける」と軽い感じで聞き流し、あっさり却下。おかげで電気式シェーバーの替え刃を改めることが出来ず、毎朝、肌をキズつけては血を流している。一方、奥様ご自身が主に使用するモノについては、壊れていなくても、光の速さで新調および刷新する。数年前、奥様のセレクトで購入した全自動洗濯機や冷蔵庫は、「色がちょっと気に入らないんだよね」「新型は電気使用量が少ない」という理由であっさりと新型へと新調。車も「まだ走るよね」という乱暴な理由で拒否され続けていたのである。

風向きが変わった。奥様が変わった。4つのタイヤが外れて動かなくなるまで、ボンネットから火が噴き上げるまで、ハンドルを握り続ける覚悟を固めたところであった。新型車の安全性能が著しく向上したのを、CMや広告で知ったらしい。安全性を考慮。普段は厳しい顔しか見せない奥様が、影では僕の身を案じてくれていることを知り涙があふれそうになる。嬉しかった。生きてきて良かった。歩くATM、しゃべる預金通帳、保険契約者、異臭発生装置。そういう扱いを受けてきた分、喜びもひとしおである。

僕の早とちりであった。奥様が安全を重視して新車購入にゴーしたのは揺るぎない事実であるが、その安全が誰のものなのか、認識が異なっていた。ハンドルを握る僕の心身と人生を守るための安全ではなく、彼女の財産と人生そして名誉を損なわないための安全であった。

「万が一、事故を起こしても相手に大きなケガをさせないように」「運転する側が運悪く命を落としても、被害者がいなければ…」「安全性能が高い車の方が、支払金は同じでも自動車保険料が安くなるってホント?」「運転中に脳内出血したら最後の気力を振り絞って壁にぶつけてでも車を止めてください。それで落命しても、キミは英雄になれる。私も救われる」「絶対に人の列に突っ込まないで。突っ込んだら死なないで。家族に迷惑をかけずに自分の命をかけて責任をとって」といった、どう好意的に解釈しても僕の安全よりも他にプライオリティがありそうな発言から、彼女の真意がわかってしまった。

今現在乗っている10年落ちの安全性能の貧相な車では世間様にご迷惑をかけてしまう。あの車に乗っているかぎり事故を起こす確率と加害者家族となる可能性は高い。世間から好奇の目、重くのしかかる保障、「あんな馬鹿を車に乗せたのか」と世間から非難され続ける暗黒の未来。そのような未来が私に絶対あってはならない。ならぬものはならぬ。ならば、勿体ない気持ちがあるけれども、事故を起こしにくい安全性能に秀でた最新カーに乗り換えてもらった方がに私にとってプラスだよね、という奥様の安全志向とリスクマネジメントが新車購入へ繋がった。僕の命が軽く扱われていることに、いささか寂しい気持ちはあるけれども、今は、車を買い替えられるという大きな事実を大切にしたい。

そういや、古い大衆車に乗っているおじいさんを見ると「大事に使っているなー」と感心していたものだが、あれ、お金や余命という己の要素と周りにあたえる危険を秤にかけて、「多少、危険かもしれないけど、あと数年の命にお金使いたくないし」つって前者に重きをおいて他人の命を軽んじて買い替えていないだけなのだよね。つまり自分ファースト。ウチの奥様の場合、最優先されるのが僕の命ではないことに少々納得がいかないとはいえ、命ファーストであることは絶対的に正しい。だから命ファーストで僕も生きる。死なない。絶対に事故を起こさない、起こしてはなるものかという気持ちはいっそう強いものになっている。自分を守ってくれるのは自分だけなのだ。奥様は資金援助もしてくれた。「私も助手席に乗せてもらうから、ささやかながら協力するよ」。その額1万円。ささやかすぎる。同乗するなら金をくれと叫びたい気持ちをおさえて、サンキュ。

安全安全安全。そういう至急の状況であったので、お目当ての車種の試乗もそれなりに、最高グレードで考えられるだけのオプションをつけて一括購入した。営業マンから「人気の車種なので納車まで時間がかかります」と言われた。しばらく待ってようやく納車。さっそくのドライブ。「やっぱ新しい車はいい。燃費いいし静かで」「高速運転と駐車はほぼ自動なんだなあ」と感動。家に帰ってきてネットを確認。目を疑う。そこには買った車種のモデルチェンジのニュース。きっつー。さらに安全機能が充実するらしい。以来、奥様からは「なぜもっと情報を収集しないのか」「今から新しい車と取り換えて来い」と詰められる日々。1万円も強制返還。楽しい嬉しい新車納車当日にそんなニュースを知らされるなんて、マジでこの世に神はいない。(所要時間24分)