Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「キミにしか出来ない仕事」が「誰にでも出来る仕事」に堕ちるとき

「キミにしか出来ない」と言われて任されたはずの重大な仕事が、対応したあとに「誰にでも出来る仕事」と貶される…。20数年間のうだつのあがらない会社員生活で、何度かこのような《誰でも出来る仕事ハラスメント》を受けた。悲しくて悔しくてやりきれない経験はもうこりごりなので、「キミにしか出来ない仕事」は出来るだけ回避してきたけれども、自分の思うようにいかないのが人生である。

8月。社長の強い意向で今春開設した東京営業所を、社長の強い意向で早急に閉鎖することになった。新型コロナ感染拡大により先行きが見えなくなったからだ。社長の決断は早い。そして社長案件は様々な意味で特別。社長以下の幹部が出席する部門長会議。会議室の空気は重く、しん、と静まり返っていた。営業所開設のときは、社長案件ということで「我先に」と手をあげた者が誰も手をあげない。目をとじて腕を組む者。真剣なまなざしで資料をめくる者。呆けて壁のカレンダーを凝視する者。各々が社長と目線をあわさないことだけに集中していた。撤退。解約。異動に解雇。マイナスの仕事を進んでやる人間はいない。特に社長とうまくいっていない一部上層部の方々は、撤退をネタに社長の責任を追及するような空気を醸し出していた。

営業部長の僕は、東京営業所開設の際に「キミはいいから」「営業の出番じゃない」と外されて、まったく関われなかったので、今回も他人事を決め込んでいた。配布された資料には、事務所賃貸契約、現地雇用したスタッフの処遇(研修期間終了)、速やかな撤退、というヒト・モノ・カネすべてにわたる懸念事項が列挙されていた。余計な金は絶対かけない。労使問題勃発はダメ絶対。それが社長のご意向であった。賃貸契約や購入した事務備品(OA機器)は切ったり売ったり貸したりすればいい。だが雇用したばかりの人はどう扱えばいいのか?そのうえ与えられた時間は少ない。下手をすると訴えられたりするかもしれない。きっつー。などと他人事で周りの面々を観察していた。

流れが変わったのは、上層部の1人が「しがらみのない人物のほうがかえって良いのでは」と馬鹿な意見を出したときである。ターゲットは僕だった。彼らは僕を社長派とみなしている。僕の失敗を期待しての意見であった。そこから「それがいい」「誰かいないか」「交渉できる人物がいいな」と上層部からいやな展開がはじまって、「開設に携わっていない営業部長ならしがらみなく切れる」「しかも交渉のプロだ」「適材適所だ」と薄っぺらい称賛と賛同の声があがり、社長が「営業部長、できるか?」という、一応断る選択肢もあるけれど断ったら島流しになるの、半沢直樹を観ているキミならわかってるよね、という意味を含んだ断れない言葉を口にするまでは、わずか数分であった。僕が話を受けると社長はひとこと「キミにしか出来ない仕事だ」と言ったのである。

自画自賛は馬鹿に見えるのであまりしたくないけれども、結果から申し上げると撤退は成功した。我ながら良くやったと自画自賛しておく。賃貸契約を解約、購入した事務備品等は見積をとって一番高いところへ売却し、採用したスタッフについては、動きの遅い人事部に頼らず、自分の営業先をあたって同条件で受け入れてくれる企業を紹介した。ひとつひとつはたいした仕事ではないが、これらを本来の仕事に加えて実質2週間で片づけるのは、本当に苦労した。特に人の処遇。本人への伝達とサポート、かったるい人事部、時間的制限、そしてこのご時世に受け入れてくれる企業を見つけること。アプローチした企業は200社ほど。苦労することが目に見えていたから誰もやりたがらなかったのだ。撤退というマイナスの仕事なので称賛を得られないのはよくわかっている。だが同じ会社で働いている仲間で、尻拭いをやったのだから、おつかれさん、よくやってくれた、という労いの言葉くらいはあるものだと思っていた僕がバカであった。

9月。部門長会議において撤退について報告した。おつかれさん。よくやった。という声が上層部からあがることはなかった。スルーだったらそれでもいい、と思っていると、上層部から「誰でも出来る仕事だよね」「しょせん後片付けでしょ」「もっとうまく出来たのではないの?」という声があがった。任せるときはあれほど「キミしかいない」と言っていたのに終わってみればこの態度。《「キミにしか出来ない」とトップから任され頑張った結果、無難に仕事をこなしてしまう》《他人のやることは簡単に見えてしまうときがある》《担当した人物が好きではない。ムカつく》。その三つの相乗効果によって「キミにしか出来ない仕事」という難易度が高くて誰もやりたがらない厄介な仕事が、「誰でも出来る仕事」へとランクダウンするのである。つまり、キミにしか出来ないと社長から任された仕事を、いいかげんにこなせる鋼のメンタルがないかぎり、逃げられないのである。地獄だ。

誰でも出来る仕事。俺ならもっとうまくやれた。などと盛り上がっている上層部にムカついていると、社長が「ちょっといいか」と手をあげて「誰でも出来る仕事を避けて、立ち上げにかかわっていない営業部長に押し付けた人間に、そんな発言をする権利はありませんよ」と一括してくれた。一同沈黙。超スッキリした。しんとした会議室で社長から「キミにしか出来ない仕事だった」と褒められた。上層部からはイヤな感じの視線を感じたけれども気にしない。一生沈黙していろ。

キミにしか出来ない仕事。労いの言葉だと思っていたけれども、「次も頼むよ」とも言われたことをあわせて考えてみると、社長と上層部の社内抗争の一兵卒、露払いとして役に立ったという意味にしか取れない。このように、「キミにしか出来ない仕事」のなかには、絶対にしくじりが許されないものがある。取り組んでいるときにそれを見抜くのは至難だから厳しい。ピンチはチャンスという人がいるけれど、ほとんどのピンチはチャンスに化けることなくピンチのままであることを覚えていてほしい。僕らに出来ることは、ピンチが大ピンチにならないことを祈りながら、目の前にある仕事を精いっぱいやることしかない。(所要時間36分)

このような胃の痛むエピソード満載の本をちょうど一年前に出した→ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。