Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

会社には絶対にしくじってはいけない選択がある。

社長からランチに誘われた。サシである。「来たな」と覚悟を決めた。社長は気になる人間をランチに誘って振るいにかけるとは社内では有名で、僕がサシ・ランチに誘われるのは入社3年で初めてである。我が社は社長派と常務派で争いが続いている。若返りをはかりたい社長と古参の上層部の対立である。

つまり、サシ・ランチはただのランチではなく、踏絵なのだ。社長からの質問に対して的確に答えなければ、最悪、失脚。僕と社長とのランチを聞きつけた古参社員から、ちょっと耳に入れておきたいことが、と話を持ちかけられた。その人は、もともと常務派で僕のことを目の敵にしていたけれども、とある案件でしくじって、トカゲの尻尾のごとく切られて、今は僕の部下として働いている。元々の敵である僕の部下になってしまったうえ、60を越えて初めての新規開発営業の仕事をさせられているせいで、すねてしまい、日常的に反抗的でヤル気のない不良債権と化しているが、武士の情けで切腹するまでは介錯しないつもりで面倒をみている。

「私は社長とのランチで間違ってしまった」と不良債権マンは言う。彼は、社長からの派閥を切り崩しの質問に対して、あやまった答えを選択してしまったのを今も後悔しているらしい。「社長の問いに対しては必ずイエスといいなさい」と彼は攻略法を教えてくれた。なぜ、良く思っていない僕に救いの手を出してくれるのかと尋ねると、彼は「自分と同じような人間はもう見たくない」と寂しげに笑った。悲しかった。

ランチは社長の行きつけの焼肉店が経営しているいい感じのハンバーグ店であった。社長はランチを二人分頼み、料理を待つ間に、最近の営業部の状況と今後の見通しについて質問をしてきた。僕は現状そのままを話した。派閥切り崩しの質問が来るのか高まるばかりの緊張感。イエス。イエス。イエス。イエスマンになるのだ。古い連中のように振るいにかけられないために。

ハンバーグは絶品だった。食後のコーヒーを飲みながら、何事もなく終わった…と安堵していると、社長は「私に反抗的な勢力が社内にいるのは知っているよね」という答えを求めない問いかけをしてきた。僕の返事を聞かないうちに、社長は「私のために動いてくれないか」といってきた。ここだ!イエスマンになるのだ。しかし、動きといっても動きが何だかわからないうちはイエスがいえない天邪鬼な僕。イエス・マスター!と言うはずが「何をすればよろしいのですか?」と質問返ししてしまった。昨日の部下氏に対してはなった自分の言葉が蘇る。「質問に対して質問で返す人間は自信がないあらわれだよ」おっしゃるとーり。まさに自分のことである。

社長の眼光がするどくなった。過度なストレスで切れ痔が痛む。「反抗的な勢力が何をしようとしているのか、同僚たちを調べて私に報告してもらいたい。やってくれるな?」と社長は言った。不良債権マンは必ずイエスと言えと教えてくれた。どこまでもフェアな社長の性格を考えた。社長は、社内の誰もが避けた仕事を僕が押しつけられて、無事に終えたとき、「誰でも出来る仕事」と低評価を下す上層部に対して、誰でも出来る仕事を避けた人間にそんな評価を下す権利はない、と一喝するような正々堂々を好む人だ。それに対して、社長の問いは彼の思考とは矛盾していないか?と僕は
考えた。文言だけを読み取ればイエスしかないが…。「どうだ?」と社長は圧を強める。僕の出した答えはノーである。「お断りします社長。それは出来ません」。正義もポリシーもなかった。ただ、そんなつまらないことは仕事にしたくない、という自分の心に従った。最後は自分だ。どうとでもなれだ。

「合格」と社長は何事もなかったかのように言うと「上からの言われたからといって、仲間を売るような人間は私は好かん」と続けた。他の人間にも同じ問いをしているのですか?と尋ねると、「多少の差違はあるけれど基本的には同じことを質問している」と教えてくれた。僕は生き残ったのだ。じゃあ不良債権マンは僕を貶めようとしていたのか。あの野郎、マジでクソだな、切腹前に介錯するしかない。「ほとんどの人間はハイっていうよ」と社長は笑うので、そりゃそうでしょーとあわせて笑ったが、全然、楽しくなかった。厳しすぎるぞ会社員生活。つかこれが正解だったのかまだわからない。正解に見せかけて誤り、もっとふさわしい解がある、一筋縄でいかないのが人間というものだからだ。

こうやって僕は尻尾を振っていきている。エサはもらっても尻尾は振らねえ生き方は僕にはできない。尻尾振りまくりだ。だが、条件反射で尻尾は振らない。自分の意志で尻尾を振っている。サラリーマンという生き方を選んだ僕に出来ることはそれくらいなのだろう。(所要時間31分)

こういうエピソード満載の本を去年出したよ→ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。